9月6日 主日礼拝

今週の聖句

ルカによる福音書16章10節

ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。

 

聖霊降臨節第16主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌 讃美歌21-7

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 ルカによる福音書 16:1~13(新約聖書P.140)

16:1 イエスは、弟子たちにも次のように言われた。「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄使いしていると、告げ口をする者があった。
16:2 そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』
16:3 管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。
16:4 そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』
16:5 そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。
16:6 『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』
16:7 また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』
16:8 主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。
16:9 そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。
16:10 ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。
16:11 だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。
16:12 また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。
16:13 どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

祈祷

讃美歌 讃美歌21-280

説教 「小事に忠実な者」小峰 擁 牧師

メッセージ(牧師説教要旨) ルカ福音書14章1節より24節までは、あるファリサイ派の人の家における出来事として描かれています。「(ある)パリサイ(びと)(かしら)の家」(文語訳14:1)と訳している聖書もあります。おそらくファリサイ派の人はイエスさまを(おとしい)れるために、わざわざ安息(あんそく)()にイエスさまと水腫(すいしゅ)の人を一緒に招いていたのかもしれません。彼らはやはりイエスさまを陥れる機会を(ねら)っていたようなのです。そうだといたしますと、それはかなり悪質な(はかりごと)であると申せましょう。ルカ福音書が描くこの時の状況はおそらくイエスさまをめぐって切羽つまったものがあったのだと思います。しかし、それにもかかわらず、イエスさまはこの水腫を病む人を(あわ)れまれます。イエスさまはこの人を愛し、(いや)そうとなさいます。ある意味で、安息日であっても、イエスさまは彼らが予想し、考えていた通りの行動をされたことになります。このときイエスさまは安息日に込められた神さまに対する心を示されます。「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか」と、イエスさまはファリサイ派の人々に代表される律法の専門家たちに問われます。彼らも病人を癒すことは良いことであることはもちろん知っています。それは人間として当然のことであるのかもしれません。しかし、もう一方では、ただその日が安息日であるということから、外側のことから、内側の安息日の精神に心を向けることなく、やはりそれをしてはいけないのだと考えてしまうのです。このようなことはわたしたちと関係なさそうに思うのですが実は案外これと同じようなことにわたしたちも(おちい)って悩む場合もあるのではないでしょうか。けれども、そのような時こそイエスさまだったらほんとにどのようにされるのだろうかと考えるといいのかもしれません。わたしたちはこのような悩みの時、何よりも、誰よりも、このお方、神さまに、イエスさまに助けられて一生懸命に祈ることがいちばんいい解決方法なのかもしれません。このとき、イエスさまは水腫を病む人をじっと見つめられます。そして人間の思惑(おもわく)(はかりごと)にはいっこうにお構いなくこの人を癒されます。「イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった」(4節)のです。特にルカ福音書の中には、きょうのイエスさまのみわざ、感動的な病気の癒しの出来事が何度も何度も繰り返し描かれます。ルカ6章の手の不自由な人のいやし(ルカ6:6-11)、ルカ13章の十八年間病気だった女性の癒し(ルカ13:10-17)等々です。イエスさまは試みる人々の答えを待たずに病気の人を治されます。この時、イエスさまは人間の心の中にあるものをも明るみに出されます。イエスさまの福音は人を救い、人の心を明らかにします。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8:12)―このみことばのように世の光イエスさまによってわたしたちの心はいつも明るく照らされます。どんなに暗い夜も、明けない夜はありません。暗い世の闇を照らすまことの光があります。救い主イエス・キリストの光です。イエスさまこそ、世の光です。ここにわたしたちの希望と慰め、救いがあります。

2015年9月6日郡山教会主日礼拝説教

祈祷

讃美歌 讃美歌21-532

聖餐式

讃美歌 讃美歌21-81

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1

頌栄 讃美歌21-27

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

9月13日 聖霊降臨節第17主日礼拝 説教 「風立ちぬ、いざ生きめやも」 山畑 謙 牧師

聖書朗読 使徒言行録2章1~4節 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。。

讃美歌 讃美歌21-51、21-404、21-371、21-81です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 30日(木)10:30~

夕礼拝・聖書研究 16日(木)19:30~休会

 

礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会、ヨナの会(青年会)への入会も、希望される方はお申し出ください。

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礼拝・定例集会案内

主日礼拝式
・毎週日曜日 10時30分〜 

夕礼拝
・月の第1週のみ日曜日の19:30〜
・第2週以降は毎週木曜日 19時30分〜

聖書研究・祈祷会
・毎週木曜日 10時30分〜

毎月第1週 聖餐式
・クリスマス礼拝
・イースター礼拝
・ペンテコステ礼拝
・毎月第1週の礼拝
・毎月第1週の夕礼拝時

毎月第2週
・誕生会
・壮年会
・婦人会
・白百合会
・ヨナの会(青年会)

毎月第4週
・石川伝道所礼拝

聖書について

郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

聖書 新共同訳
(c)共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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