2018年5月6日 主日礼拝

 受難節第6主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌 21-113(いかに幸いな人)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 ローマの信徒への手紙4章13~25節 新約聖書P.278~P.279

  • 神はアブラハムやその子孫に世界を受け継がせることを約束されたが、その約束は、律法に基づいてではなく、信仰による義に基づいてなされたのです。

    律法に頼る者が世界を受け継ぐのであれば、信仰はもはや無意味であり、約束は廃止されたことになります。

    実に、律法は怒りを招くものであり、律法のないところには違犯もありません。

    従って、信仰によってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。恵みによって、アブラハムのすべての子孫、つまり、単に律法に頼る者だけでなく、彼の信仰に従う者も、確実に約束にあずかれるのです。彼はわたしたちすべての父です。

    「わたしはあなたを多くの民の父と定めた」と書いてあるとおりです。死者に命を与え、存在していないものを呼び出して存在させる神を、アブラハムは信じ、その御前でわたしたちの父となったのです。

    彼は希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、多くの民の父となりました。

    そのころ彼は、およそ百歳になっていて、既に自分の体が衰えており、そして妻サラの体も子を宿せないと知りながらも、その信仰が弱まりはしませんでした。

    彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。

    神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。

    だからまた、それが彼の義と認められたわけです。

    しかし、「それが彼の義と認められた」という言葉は、アブラハムのためだけに記されているのでなく、

    わたしたちのためにも記されているのです。わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。

    イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。

  • 祈祷
  讃美歌 21-280(馬槽のなかに)

 

説教

2018年5月6日郡山教会主日礼拝説教

『神の約束』<ローマの信徒への手紙4:13‐25>  小峰 擁

昨年5月21日、カール・ハインツ・ワルケンホースト先生は変わらぬ愛をもってみことばを学び続け、みことばに生きて、天に帰ってゆかれました。ワルケンホースト先生は北ドイツの熱心なルター派の信者の家庭のご出身です。ワルケンホースト先生は1938年、西ドイツのビレフェルドという町でユダヤ教の会堂が焼き尽くされるのを目撃します。ギムナジウム(高校)生のとき、ユダヤ人の同級生が「ダビデの星」という黄色い印をつけさせられみんなから差別され、ある日ふと姿を見せなくなってしまいます。とても心配し悲しんだそうです。先生のお父さんは聖書をよく知る人でしたので「ユダヤ人を迫害するドイツ政府の不正は恐ろしいことである。必ず神の罰をうけることになるであろう」と言われます。さらにイスラエルの選びと契約、罪と罰のことを説明し、「聖書のみことばが無効になることはけっしてない」とわが子に語っていたそうです。

第二次世界大戦後、ワルケンホースト先生はユダヤ人を迫害したドイツ民族の一員としてあがないの生活をしたいと考えるようになります。このためプロテスタントからカトリックに移られ、イエズス会の神父となられます。そして「万民に福音を伝えたい」とのワルケンホースト先生の布教の願いは、神さまによってかなえられ、1957年に来日されました。その日から60年余の日々を先生は神さまのみことばを尋ね求めて歩み通されました。「聖書のみことばが無効になることはけっしてない」ということは、先生のご生涯を貫いて信仰の確信となってゆきました。このことは、同時に、使徒パウロが書いたローマの信徒への手紙から教えられたことでもありました。

ローマ書4章で使徒パウロは「神さまの約束は無効になることはない」ということをアブラハムに与えられた約束を例にとって説明するのです。アブラハムは神さまの約束を疑うことなく信じます。このことをパウロは強調します。「彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、……神は約束したことを実現させる力も、お持ちの方だと、確信していたのです。だからまた、それが彼の義と認められたわけです」(ローマ4:20‐22)。さらにアブラハムの約束はキリストの復活によって成就、実現するのです。

このことは実はわたしたちの日々とも深く結びつきます。「しかし、「それが彼の義と認められた」という言葉は、アブラハムのためだけに記されているのでなく、わたしたちのためにも記されているのです。わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです」(ローマ4:23-25)。

このように神さまの約束の成就、主イエス・キリストの復活はわたしたち一人ひとりの人生とも深く関係します。わたしたちの人生の一日一日を貫いて、神さまのみことばは、神さまの約束は成就いたします。イエスさまの十字架と復活は、神さまの約束の成就にほかなりません。わたしたちのなにげない一日一日も、神さまの救いの歴史の中での出来事なのです。このことをわたしたちは知ってこころにやすらぎをあたえられます。

 

祈祷

讃美歌 21-390(主は教会の基となり)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

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郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

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