2018年5月13日 主日礼拝

 受難節第7主日(母の日)礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌 21-56(主よ、いのちのパンをさき)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 ローマの信徒への手紙5章1~11節 新約聖書P.279~P.280

  • このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、

    このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。

    そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、

    忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。

    希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

    実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。

    正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。

    しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

    それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。

    敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。

    それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています。今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。

  • 祈祷
  讃美歌 21-475(あめなるよろこび)

 

説教

2018年5月13日郡山教会主日(母の日)礼拝説教

『神の栄光にあずかる希望』<ローマの信徒への手紙5:1‐11>  小峰 擁

「母の日や胸に真赤なカーネーション」。玉木愛子さんのこのうたのことを思い起こします。きょうは母の日です。来月の父の日のことも併せて憶えて神さまに感謝し礼拝をささげたいと思います。母の日ということですぐに思い出しますのは母の愛ということです。母への感謝の思い出をいっぱいもっている方も多いことでしょう。ともかく母は理屈ではなく、わが子のことを心配し、愛してくれたと思うのです。やはりいまの自分があるのは母の愛があったからだと思うのです。

ですから、讃美歌の510番の「まぼろしの影を追いて うき世にさまよい、……春は軒の雨、秋は庭の露、母はなみだ乾くまなく、祈ると知らずや。……」という母の日の讃美歌はわたしたちの母の歌です。忘れることができません。すべてのものを備えてくださった神さまの愛にわたしたちは心から感謝し、み名をほめたたえたいと思います。

さて、わたしたちのローマの信徒への手紙5章には神さまの大きな愛が喜びをもって語られています。まず、神さまの愛について語る準備のように「神の栄光にあずかる希望を誇りにしています」(2節)、「そればかりでなく、苦難をも誇りとします」(3節)、「それだけでなくわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちは神を誇りとしています」(11節)という三つの「誇り」について語ります。これらの誇りは、ガラテヤ書の十字架の誇りや、第二コリント書の弱さの誇りと共通するものです。そしてこれらの誇りは主の十字架を誇るということに集中してゆきます。「しかし、このわたしには、わたしたちの主イエス・キリストの十字架のほかに、誇るものがあってはなりません」(ガラテヤ6:14)。このように使徒パウロは主の十字架の救い、主の十字架の愛を証言します。さらに「苦難・忍耐・希望」について、聖霊について語っています。

「……わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです」(3~5節)。

わたしたちはこれらのみことばによっていままでどれだけ慰められ、勇気を与えられてきたでしょうか。わたしたちは人生における苦難の意味ということを深く教えられます。苦難はいつもマイナスばかりなのでしょうか。これらのみことばによって決してそうではないことが教えられています。苦難をも耐え忍ぶということ、そこにも、いまわたしたちにははっきりとわかりませんが、神さまが与えられた意味がきっとある、隠されているということです。つまりわたしたちの人生のさまざまな苦難の中にも神さまは意味を与えてくださっているのです。そこに神さまの愛が隠されている、秘められているということを教えられているのではないでしょうか。この「不信心な者のために死んでくださった」キリストの十字架の愛が秘められているのです。「キリストがわたしたちのために死んでくださった」神さまの愛です(6,8節)。わたしたちにも、神さまの愛が注がれています。神さまの愛、キリストの愛が、わたしたちに迫ってまいります。

 

 

祈祷

讃美歌 21-566(むくいを望むまで)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

 

この後、母の日にちなんで、礼拝に参加された「おかあさんたち」に赤のカーネーションのプレゼントがありました。

 

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郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

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