2019年3月24日 主日礼拝 

 受難節第3主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-58(み言葉をください)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ヨハネによる福音書13:36~38

シモン・ペトロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」

ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」

イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」

 

○ 讃美歌 21-313(愛するイェス)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年3月24日郡山教会主日礼拝説教

『主よ、どこへ行かれるのですか』<ヨハネによる福音書13:36‐38> 小峰 擁

『こどもさんびか』に「主にしたがいゆくは……」と歌い始める讃美歌があります。

「主に従いゆくは」とは、みことばに素直に聴(き)き従い、喜びをもって主に仕えてゆく信仰です。まっすぐに主の道を歩んでゆく信仰の人生を言い表しています。

ところで、もうひとつ気になっているのは申命記28章45節です。たまたま聖書の勉強会(申命記研究会)で担当した聖書の箇所なのですが、ずっと気になっています。

「これらの呪いはことごとくあなたに臨み、あなたを追いかけ、あなたを襲って滅びに至らせる。あなたの神、主の声に聞き従わず、命じられた戒めと掟を守らなかったからである。」(聖書協会共同訳、申命記28:45)。

申命記28章全体もそうですが、ここも何とも怖ろしいような表現です。しかし、ここにはわたしたち人間がどうしても避けては通れなかった信仰の人生の出来事への深い反省が述べられているのではないでしょうか。「あなたの神、主の声に聴き従わなかったから」であると、低くされて、神さまへの悔い改め、主イエスさまへの立ち帰りの心がここに記されます。ここのところのアラム語(タルグム)は「あなたの神、主のメムラ(みことば)を受け入れなかったから」となっていて、御言葉に対する深い反省としてとらえられ、より内面的に解釈されています。つまり過去の信仰的な過ちへの大いなる反省の心をもって「みことばを受け入れる」信仰への悔い改め、立ち帰りとして、このように表現されているのではないでしょうか。さらにこれらの奥には、神さまの深い憐れみ、いつくしみ、ゆるしが隠されています。神さまの愛、いつくしみ、ゆるしです。

きょうのヨハネによる福音書13章36‐38節のみことばの背後にあるものも、このような悔い改めの信仰ではないでしょうか。わたしたちは、ここのペトロの姿の中に過去の自分の姿を発見するのではないでしょうか。

ここでペトロは軽々しく、さも自分の力で、主イエスさまにどこまでも、いつまでもついてゆくような調子のよいことを言っています。けれども、実際は鶏が鳴く前に、たちまち三度も「わたしはその人を知らない」と、主を否(いな)んでしまいます。これはまったくわたしたちのありのままの姿ではないでしょうか。ペトロは主が十字架につけられたときその前にもう早々と三度も主を否んでしまいます。わたしたちもそうです。

ペトロがほんとうの意味で、主に従うようになったのは、復活の主イエスさまにお会いしてからです。自分の力ではなく、復活の主イエスさまにお会いして、聖霊の力をいただいてからです。

主イエスさまの十字架と復活の愛の光に包まれることによって、聖霊の力によって、ペトロは真実の悔い改め、主イエスさまへと立ち帰ることができたのです。

わたしたちも主イエスさまの十字架と復活によってひらかれたこの新しいいのちの道を、神さまの道を、ともにまっすぐに歩んでまいりましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-532(やすかれ、わがこころよ)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

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