2019年12月1日主日礼拝 

 降誕前第4主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-231(久しく待ちにし)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書による1:5~25   p.99-100

ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。

二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。

しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。

さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、

祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。

香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。

すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。

ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。

天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。

その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。

彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、

イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。

彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」

そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」

天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。

あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」

民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。

ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。

やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。

その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。

「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

  • ○ 祈祷

    ○ 讃美歌  21-242(主を待ち望むアドヴェント)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月1日郡山教会主日礼拝説教

『 待 降 』  小峰 擁  ルカによる福音書による1:5~25

待降(たいこう)のことばと出来事は一人の処女(おとめ)マリアに集中します。天使、御使(みつかい)ガブリエルがガリラヤの町ナザレに住んでいる一人の処女のもとに遣(つか)わされます。

神さまの恵みが一人の処女にいっきょに押し寄せるのです。

わたしたちはここできょうのみことばの27節に至ってはじめて「マリア」という名前がでてくることに注目したいのです。まことにまわりくどいような表現がでてきます。「ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに」という表現になっています。そして最後になってやっと「そのおとめの名はマリアといった」となります。

28節に御使のマリアへの御(み)告げが記されます。

「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(28節)。

御使が登場しますが根本的には「神さま」と「あなた」の関係になります。

その後の文章もそうです。

このように神さまとあなたの関係、つまり神さまとここではマリアの関係に集中します。これはほんとうに驚くべきことです。

「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたはみごもって男の子を産(う)むが、その子をイエスと名付けなさい」(30、31節)。

「恐れるな」と呼びかけられています。そして、ここではじめてイエスさまのお名前が告げられます。それにしても一人の処女にとってこのことはどれだけたいへんなことであったでしょうか。マリアの34節の返答もまことにもっともなことです。それに対する御使のことばはある意味でわたしたちの常識をはるかに超(こ)えるものです。わたしたちには想像もつきません。御使の言葉は彼女に重くのしかかったことでしょう。特に御使の最後の言葉はなんと重いことばであったことでしょう。

「神にできないことは何一つない」(37節)。

ところが、彼女はこの御使のことばの一つ一つを聞き逃しません。「神にできないことは何一つない」。このことばにマリアは自分の思いやためらいを捨てて、神さまのみことばにひたすら聴(き)き従おうとしています。

マリアはまっすぐな信仰の心で、これらの神さまの大きな試みのようなおことばに耐えています。神さまの恵みのみことばとして彼女は受けとめています。応じています。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(38節)。

わたしたちもマリアのごとく、いつでも神さまのみことばをまっすぐに聴いて従ってゆくものとされたいと思います。まことに力の弱いわたしたちであります。けれども、そのようなものにさせられたいと日々に祈り、願いたいと思います。神さまの愛、憐れみを祈り求めます。神さまはこのような弱いわたしたちのことを愛してくださいます。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-451(くすしきみ恵み)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

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