2020年2月2日主日礼拝 

 降誕節第6主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-204(よろこびの日よ)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 8:1~6   p.309

偶像に供えられた肉について言えば、「我々は皆、知識を持っている」ということは確かです。ただ、知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。

自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らないのです。

しかし、神を愛する人がいれば、その人は神に知られているのです。

そこで、偶像に供えられた肉を食べることについてですが、世の中に偶像の神などはなく、また、唯一の神以外にいかなる神もいないことを、わたしたちは知っています。

現に多くの神々、多くの主がいると思われているように、たとえ天や地に神々と呼ばれるものがいても、

わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-533(どんなときでも)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2020年2月2日郡山教会主日礼拝説教

『愛は造り上げる 』  小峰 擁  コリントの信徒への手紙一 8:1~6

さて、第一コリント書8章から11章1節までは偶像について述べられてゆきます。特に最初の8章の1-6節は「知識と愛」、「知と愛」ということでしょう。

パウロは先ず偶像などはもちろんないものであるから、偶像の供え物を食べても少しも汚れないという知識があることは知っているというのです。

しかし、その知識は人を誇らせ、高ぶらせてしまうと指摘します。

むしろ、大切なのはここでも知識であるよりも、愛なのだというのです。

愛は徳を建てる、愛は造り上げるのだというのです。

「造り上げる」という語(オイコドメオー)は本来「建物を建てる」という意味です。ここでは「徳を建てる」、「徳を高める」という意味になります。

つまり、愛がなくては、単なる知識のみではほんとうの知識ではないということです。愛こそキリストを信ずるわたしたちにとっていちばん必要なものです。キリストを信ずる群れ、教会の徳も、愛によって建てられてゆくのだというのです。

パウロはこの手紙の1章19節で「キリストの十字架の虚(むな)しくならざらん為なり」ということを言っています。

「而(しか)して言(ことば)の智慧(ちえ)をもってせず、是(これ)キリストの十字架の虚(むな)しくならざらん為なり。それ十字架の言は亡(ほろ)ぶる者には愚(おろか)なれど、救は(わ)るる我らには神の能力(ちから)なり」(コリント前書1:17、18、文語訳)。

ここでもやはり同じようであります。

教会の徳は、知識によってではなく、愛によってこそ建ってゆくのだというのです。わたしたちにもこの世にあってさまざまな出来事が起こってくるのかもしれません。

偶像の問題も決して昔の問題ではありません。

しかし、偶像は形があっても、それは神さまではありません。木や石にすぎません。

まことの神さまは父なる唯一の神さまのみです。唯一の主イエス・キリストあるのみです。

わたしたちはキリストを通して、まことの神さまを信ずるのです。

キリストの使徒パウロはこのようにわたしたちクリスチャンの拠(よ)って立つべき真理を明らかにしています。

わたしたちも、さまざまなむずかしい問題を考えなければならないときもあるかもしれません。

そのような時こそ、父なる神さまから、主イエスさまから考え、祈ってゆきましょう。主イエスさまに教えていただきましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-566(むくいをのぞ望まで)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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郡山教会並びに、このホームページで使用する聖書は、一般財団法人日本聖書協会(JBS)新共同訳を用いています。プロテスタント、カトリック両派の教理上の違いや見解の相違を越えて、キリストを信じる者としての根本的な一致の認識に基づいて両教会の共同の作業として翻訳された新共同訳は、カトリック教会でも使用されています。

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