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日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 福島県郡山市にある、日本キリスト教団(日本基督教団)に属するプロテスタントの教会。主日礼拝は、毎週日曜日10時30分からです。どなたでもおいでください。教会にはあなたの席が用意されています。|United Church of Christ in Japan Koriyama Church Official Site. Tue, 20 Aug 2019 03:23:28 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.8.9 http://www.uccj-kc.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/cropped--32x32.jpg 日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 32 32 2019年8月11日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/08/20/122328/ http://www.uccj-kc.jp/2019/08/20/122328/#respond Tue, 20 Aug 2019 03:23:28 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2454  聖霊降臨節第10主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-11(感謝にみちて)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 1:26~31 P300

兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。

ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。

また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。

それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。

神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。

「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-419(さあ、共に生きよう)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年8月11日郡山教会主日礼拝説教

『神の選び』 小峰 擁

わたしたちは聖書の中に肯定的なものと、時にはその反対に否定的なものがあるように思えるときがあります。それは自己の内面的な印象を重視するかなり主観的な見方かもしれません。けれども、日々の生活においてどこかそのような気持ちで聖書に接していることが多いのではないでしょうか。それが良いとか、悪いとかということはともかくとして、案外こうした気持ちがわたしたちの心の中にあるのも確かかもしれません。

先日思いだしたように旧約聖書のホセア書3章を読んでいました。1、2章もそうなのですが、ホセア書3章を読んでいて、とても感動いたしました。

それは新共同訳ホセア書3章の小見出しにありますように、「神の愛による回復」ということにとても惹かれたのだと思います。わたしたちの心の中にはいつも「愛による回復」ということへのあこがれというか、おごそかなる渇きがあるのだと思うのです。

ホセア書3章の冒頭には、神さまの愛を表現する「愛する」という語が4回も出てまいります。神さまの愛をこのように「愛する」と表現しております。ここには、はらわたがよじれるような、断腸の思いとして、神さまの愛が「愛する」という語をもって表現されております。神さまはその激しい思い、熱い愛をもってわたしたちのことを愛しておられます。イエスさまの十字架の愛こそまさにそうです。ホセア書3章では、神さまの愛が預言者ホセアと彼の妻との愛の回復の物語として象徴的な意味を込めて描かれております。「行け、…愛せよ。」(ホセア3:1)、「…わたしのもとで過ごせ。わたしもまた、お前のもとにとどまる。」(ホセア3:3)と。

それに続く5節では、「その後(のち)、イスラエルの人々は帰って来て、…。」(ホセア3:5)と、神さまの愛によって罪を悔い改めて神さまのみもとへと立ち帰るイスラエルの民の姿が預言されております。(わたしたちは、神さまの愛について語っているみことば、ヨハネ3章16節、ヨハネの手紙一3章16節、4章10節などを思い起します。)

さて、新約聖書のコリントの信徒への手紙一1章26~31節ですが、このような旧約聖書のホセア書3章のみことばなどからもわかりますように、ここで語られる神さまの選びということも、実は深い深い神さまの愛に根ざすということです。神さまの選びの背後には神さまの激しい愛、熱い愛が隠されているのです(申命記7:6~8なども参照)。

わたしたちひとりひとりも、このわたしも、神さまからかけがいのない存在として愛されています。大切に思われています。熱く、激しく愛されています。そして、世の中からたといどんなに見栄えしないように思われたとしても、神さまの愛のゆえに、神さまから尊ばれ、選ばれています。このことを聖書は語っています。これが聖書の心です。

コリントの信徒への手紙一1章26~31節はわたしたちも神さまに愛され、選ばれていると語りかけられています。このみことばの奥にはわたしたちを優しく包む神さまの愛が、主イエス・キリストの十字架と復活の愛が隠されています。誠に感謝であります。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-579(主を仰ぎみれば)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/08/20/122328/feed/ 0
2019年8月4日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/08/11/094841/ http://www.uccj-kc.jp/2019/08/11/094841/#respond Sun, 11 Aug 2019 00:48:41 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2445  聖霊降臨節第9主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-13(みつかいとともに)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 1:18~25   p.300

 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

それは、こう書いてあるからです。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」

知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。

世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。
ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、
わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、
ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。
神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-391(キリストよ、救いの神)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年8月4日郡山教会主日礼拝説教

『十字架の言葉』<コリントの信徒への手紙一 1:18‐25> 小峰 擁

きょうは平和聖日です。

「こころを一つに」という讃美歌を歌っていて気づかされたことがあります。

「こころを一つに 平和を求め、 主を愛する愛 明るく燃やそう。 主はぶどうの幹、われらその枝。 主はわれらのもの、われら主のもの。……」(讃美歌21‐393)。

それは、わたしたちもここに歌われますように「こころを一つに 平和を求め、 主を愛する愛 明るく燃やそう。」とすることです。

人に見せるのではなくて、神さまに向かって、主イエスさまに向かってならば、わたしたちにもできるかもしれません。

もしかすると、わたしたちにもできることが歌われているのではないでしょうか。

十字架の主イエスさまはわたしたちを愛してくださいました。

神さまによって、わたしたちの生きる方向を180度転換させていただいたのです。

わたしたちも、神さまを愛し、人を愛して生きてゆく道を歩み始めるのです。

それは、難しい道なのかもしれません。

しかし、神さまに愛されたわたしたちは少しずつこの道を歩みなおし、歩み始めるのです。そこにはおそらく多くの失敗や挫折もあるでしょう。そのたびごとに、神さまから、主イエスさまから、愛と力をいただきながらなんどでも歩みなおし、歩み続けてゆくのです。

わたしたちも聖霊によって心をきよめていただきながら神さまの愛と平和の道を歩ませていただきたいと思います。

「コリントの信徒への手紙一」の中で神さまは使徒パウロを通してわたしたちにこのような聖霊によって生きなおし、生き始めることを教えておられるのではないでしょうか。

パウロは「わたしたちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。」(Ⅰコリント1:23)と告白します。言い切っています。

さらに、十字架につけられたキリストは「ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、……召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。」(同上1:23、24)というのです。

パウロはわたしたちの心の真ん中に主イエス・キリストの十字架と復活の出来事を投げかけています。

罪に悩んでいたわたしたちです。神さまは罪に悩むわたしたちをキリストの十字架の死によってあがなわれ、救われたのです。わたしたちの罪はゆるされたのです。

人の罪を負う主の十字架こそ、主の復活こそ、まことの愛と平和と希望の源です。

平和聖日のこの日、わたしたちは愛と平和と希望の主イエス・キリストの十字架と復活の出来事をひたすら見つめましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-411(うたがい迷いの)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/08/11/094841/feed/ 0
2019年7月28日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/08/04/094646/ http://www.uccj-kc.jp/2019/08/04/094646/#respond Sun, 04 Aug 2019 00:46:46 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2441  聖霊降臨節第8主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-10(来る朝ごとに)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 1:10~17  p.299-P300

さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。

わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。

あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。

キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。

クリスポとガイオ以外に、あなたがたのだれにも洗礼を授けなかったことを、わたしは神に感謝しています。

だから、わたしの名によって洗礼を受けたなどと、だれも言えないはずです。

もっとも、ステファナの家の人たちにも洗礼を授けましたが、それ以外はだれにも授けた覚えはありません。

なぜなら、キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-393(こころを一つに)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年7月28日郡山教会主日礼拝説教

『心を一つに』 小峰 擁

ボーデルシュビンクという人物とベーテルという街の名前はときどきワルケンホースト先生より聞いていました。

(ドイツの戦争中、障害者の施設や病院のあるベーテルの責任者の息子であるボーデルシュビンクは、医師、看護師、牧師とも全員一致して中に入っている人たちに手を出す前に自分たちを処分してくれと、自分たちの命を投げ出して身をはって障害者の人たちを安楽死させよとの命令を拒否したのだそうです。さすがのヒットラーも手を出せなかったのだそうです(「対談―熊澤義宣氏と語る 共存に向かって―障害者と宣教」、島崎光正著『神は見て良しとされた』より)。

この話を聞いて、何かとても聖書的な愛だなと思わされました。もっとつきつめれば、イエスさまの歩まれた十字架の道のようだなと思わされました。イエスさまの十字架こそ、命をさしだす愛であったのです。そしてイエスさまの復活によって、聖霊によってイエスさまの弟子たちは主の十字架と復活の証人に召され、変えられていったのでした。

もちろん使徒パウロも回心によってイエスさまを迫害する人から宣べ伝える人へと生きる方向を180度変えられたのでした。主の十字架と復活の証人に召されたのです。

きょうのコリントの信徒への手紙一1章の使徒パウロには、こうした主イエスさまの十字架の愛にならおうとする心、自分の命をも喜んでさすだす愛があります。

パウロの心の中には主イエスさまの十字架と復活の愛を何とかコリントの教会の人たちに伝えたいという強い思いがあります。

しかし、コリントの教会の人たちにはさまざまな問題がありました。たとえば、分派のようにそれぞれに分れ、争っていたものと思われます。パウロはそこに自分を誇ろうとするものを見たのだと思います。

ですから、パウロはこの手紙で最初の挨拶と感謝を述べたあと、すぐにコリントの教会の問題の所在、核心に迫るのです。

これらの背後には主の愛のゆえに自分の命をさえ喜んでさしだす熱い思いがあります。この愛の迫りをわたしたちは決して忘れてはならないでしょう。

パウロには神さまから愛された愛、主イエスさまから愛された愛の記憶があります。ここにははっきりとした主への愛、祈りがあります。愛がなければ祈れません。愛がなければ人を愛せません。愛がなければ福音を宣べ伝えられません。パウロは主に愛されたように、コリントの教会の信徒たちを神さまのみ前にあって思いっきり愛しています。

このような神さまの愛、イエスさまの愛を、わたしたちも忘れることができません。

わたしたちも主イエスさまの愛にならおうとするキリストを信ずる者、キリスト者です。わたしたちはほんとうに小さな者ですが、このこころざし、愛の心、信仰の心を大切に歩んでまいりましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-531(主イェスこそわが望み)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/08/04/094646/feed/ 0
2019年7月21日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/08/01/135559/ http://www.uccj-kc.jp/2019/08/01/135559/#respond Thu, 01 Aug 2019 04:55:59 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2431  聖霊降臨節第7主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-16(われらの主こそは)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 1:1~9   p.299

神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟ソステネから、

コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。

わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。

わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています。

あなたがたはキリストに結ばれ、あらゆる言葉、あらゆる知識において、すべての点で豊かにされています。

こうして、キリストについての証しがあなたがたの間で確かなものとなったので、

その結果、あなたがたは賜物に何一つ欠けるところがなく、わたしたちの主イエス・キリストの現れを待ち望んでいます。

主も最後まであなたがたをしっかり支えて、わたしたちの主イエス・キリストの日に、非のうちどころのない者にしてくださいます。

神は真実な方です。この神によって、あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-214(わが魂のひかり)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年7月21日郡山教会主日礼拝説教

『希望に生きる』 小峰 擁

夕の讃美歌に「わが魂(たま)のひかり」という歌がありました(讃美歌38、讃美歌21‐214)。「わがたまのひかり すくいぬしイエスよ ちかくましまさば よるもよにあらじ……」と歌いだします。わたしたちの魂にとってほんとうに親わしいなつかしい讃美歌です。

夕暮れどき、しばしの眠りから覚めたとき、何ともいえぬ不安な気持ちになることがあります。そんなとき、おとなであっても、おさなごとまったく同じかもしれません。ひたすらイエスさまにおすがりするしかありません。わたしたちの人生の道も、そのようであるのかもしれません。わたしたちの人生のまことの救い主イエスさまに、キリストにひたすらおすがりするとき、生ける希望が神さまから与えられます。

さて、わたしたちは「ローマの信徒への手紙」を読み終えて、きょうから「コリントの信徒への手紙一」に入ります。

コリントはローマ帝国屈指の大都会です。ギリシャのアカヤ地方にあってアテネとともに代表的な都市であり、コリントがアカヤ県の首都になります。コリントはギリシャ南部の海峡に位置し、地中海東部と地中海西部とを結ぶ交通の要路にある海港、各民族がいきかう国際都市です。

パウロはおよそ紀元50年頃にこの地に来て、一年半ほど滞在し、教会を建設します。パウロは「コリントの信徒への手紙一」を53~55年頃にエフェソからコリントの教会の信徒たちに宛てて手紙を書き送ります。それはコリントの教会からの諸々の実際的な質問に答えたパウロの信仰的、福音的な見解を述べたものです(山谷省吾著『新約聖書小辞典』等参照)。

きょうのこの手紙の1章1~9節を読んでいて、感動させられるのは、使徒パウロがさまざまな問題をもったコリントの教会の信徒に向かって、「聖なる者」、「聖徒(たち)」と呼びかけていることです。(「信徒はすべて神によって罪の世から召された聖徒である。……このことは今は未完成であるが、神の国の実現のとき完成する。」、「キリストを信ずるに至ったことは人のわざでなく神からの恩恵であり、またそれが知識や富のもとである。」(前田護郎訳『新約聖書』「ローマ書」、「第一コリント書」訳註)。)

主イエスさまの十字架の愛、あがないによって罪ゆるされ、救われた者としてパウロは神さまのみ前にコリントの信徒たちと同じ目線、地平に立っています。救い主イエスさまを、キリストを信ずる信仰のまなざしをもって、同じく神さまに愛され、神さまに召されて聖徒とされた人々に向けて、愛をもって語りかけているということです。

ですから、パウロは朽(く)ちてしまう、すたれてしまうようなこの世の信仰、希望、愛によってではなく、神さまからくる朽ちない信仰、希望、愛をもってコリントの信徒に向けて語りはじめます。わたしたちはここから神さまの愛のみこころを教えられます。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-543(キリストの前に)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/08/01/135559/feed/ 0
2019年7月14日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/21/121749/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/21/121749/#respond Sun, 21 Jul 2019 03:17:49 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2421  聖霊降臨節第6主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-3(扉を開きて)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙16:25~27   p.298

神は、わたしの福音すなわちイエス・キリストについての宣教によって、あなたがたを強めることがおできになります。この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。

その計画は今や現されて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。

この知恵ある唯一の神に、イエス・キリストを通して栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-204(よろこびの日よ)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年7月14日郡山教会主日礼拝説教

『神への讃美』 小峰 擁

わたしたちのローマの信徒への手紙の最後の言葉はとても荘厳な響きを持っています。いわば礼拝の頌栄的な部分です。神さまを讃美し、アーメンで終わっています。わたしたちの人生もこのようでありたいと願います。アーメン、信ですと神を讃美するのです。

実は、25‐27節はなかなか難しい所です。どの翻訳者も翻訳にとても苦労する所です。

ちょっと堅苦しいかもしれませんが、25‐27節を直訳し、語順をかえますと、大きな枠のようになります。「(願わくは)あなたがたを強めることがおできになる方に(栄光がありますように)。……この知恵ある唯一の神に、イエス・キリストを通して栄光が永遠より永遠にありますように。アーメン。」となります。

その間にちょうどこの枠の中に入るように、「…わたしの福音によって、すなわちイエス・キリストについての宣教によって、この福音は、世々にわたって隠されていた、秘められた計画を啓示するものです。その計画は今や現わされて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました。…」と続きます(ワルケンホースト著『ロマ書の戒め』参照)。

原文では「~によって」のかたちが三回見られます。「わたしの福音によって」、「(キリストについての)宣教によって」、「(秘められた計画の)啓示によって」。

それから、原文では三つの分詞形が使われています。「隠されて」、「現わされて」、「知られるように(告げ知らされて)」。ここは、讃美のクライマックスのようなところです。

もうひとつ注目したいのは26節の「その計画は今や現わされて、永遠の神の命令のままに、預言者たちの書き物を通して、信仰による従順に導くため、すべての異邦人に知られるようになりました」というところです。

「(今や現わされた神さまの奥義、秘められた)計画」、「(預言者たちの書き物)旧約聖書」、「(信仰の従順に導くため、すべての異邦人に知られるようにとの)み旨の目的」ということがここでいわれます。神さまの「計画」が「聖書」を通して、神さまの「み旨の目的」をもって今やすべての人に明らかにされ、成就されてゆくということです。「異邦人を信仰による従順へと導くために」という、パウロをはじめとする使徒たちの宣教の目的もここにはっきりと言いあらわされます(ローマ1:5、16:26参照)。

そうです。「異邦人」、あるいは「すべての民」とは、つまりわたしたちのことでもあります。ですから、このローマ書の頌栄的部分は、わたしたちの主イエス・キリストの十字架と復活による救いの喜びと大いに関係があります。福音の喜びが歌われています。

主は十字架につけられ、わたしたちのあがないとなられた。主の十字架のあがないによってわたしたちの罪はゆるされた。救われたのです。「主は復活なされた。われらは救われた」のです。ローマの信徒への手紙の最後に、わたしたちの主の福音の喜びの源、主イエス・キリストの十字架と復活の福音による救いの喜びの源泉が歌われています。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-475(あめなるよろこび)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/07/21/121749/feed/ 0
2019年7月7日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/21/121555/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/21/121555/#respond Sun, 21 Jul 2019 03:15:55 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2413  聖霊降臨節第5主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-2(聖なるみ神は)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙16:17~23   p.298

兄弟たち、あなたがたに勧めます。あなたがたの学んだ教えに反して、不和やつまずきをもたらす人々を警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。

こういう人々は、わたしたちの主であるキリストに仕えないで、自分の腹に仕えている。そして、うまい言葉やへつらいの言葉によって純朴な人々の心を欺いているのです。

あなたがたの従順は皆に知られています。だから、わたしはあなたがたのことを喜んでいます。なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望みます。

平和の源である神は間もなく、サタンをあなたがたの足の下で打ち砕かれるでしょう。わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。

わたしの協力者テモテ、また同胞のルキオ、ヤソン、ソシパトロがあなたがたによろしくと言っています。
この手紙を筆記したわたしテルティオが、キリストに結ばれている者として、あなたがたに挨拶いたします。
わたしとこちらの教会全体が世話になっている家の主人ガイオが、よろしくとのことです。市の経理係エラストと兄弟のクアルトが、よろしくと言っています。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-360(人の目には)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年7月7日郡山教会主日礼拝説教

『キリストに結ばれて』<ローマの信徒への手紙16:17‐23> 小峰 擁

沢崎堅造という方がいました。戦前・戦中、中国の蒙古・熱河地方に骨を埋めようとの決意をもって最期まで主イエス・キリストの伝道にいそしまれました。

(それは、愛児、新(あらた)君の死が沢崎先生を蒙古に釘打った、十字架につけたからなのです。「愚かなる父を励ますためこの子は死をもって、再び帰ることなきよう我が脚に釘打てり」との言葉のとおり、沢崎先生は神さまに、主キリストに従順であろうと蒙古にとどまり続けられました。)

沢崎堅造先生の「キリストと共に」という印象的な言葉があります。

「キリストと共にということは、むしろ、キリストに負われて行く幼児のようなものである、全く安心して、親の背中に背負われて行くのである。キリストにいつも負われて、どこまでも、いつまでも」(小笠原亮一「その人と共に」、小笠原亮一著『ある被差別部落にて』所収)。

わたしたちも幼児のようにキリストに背負われています。

「全く安心して、親の背中に背負われて行くのである。キリストにいつも負われて、どこまでも、いつまでも」。

そう思った時、わたしたちの疲れ果てた心も、孤独な魂も、キリストによって、いつしか慰められ、励まされているのではないでしょうか。

さて、わたしたちのローマの信徒への手紙16章において、使徒パウロは、何よりも「信仰の従順」、「信仰による従順」ということを考え、教えています(ローマ1:5、16:26参照)。

パウロはすべての主にある教会のことを考えながら、またローマの教会の信者たちのことを想わずにはおれなかったのでしょう。

ですから、17節で、このように語りだしています。

「さて兄弟たちよ、あなたがたに勧告する。 あなたがたが警戒するように、分裂を

またつまずきを あなたがたが学んだ教えにそむいて起こす 人々に対して。」(K・Hワルケンホースト著『ローマ書の戒め―信仰の従順― ロマ書の解釈12-16章』)。

18節の「純朴な人々の心」の「純朴な」は「ずるさのない、悪意のない」という意味です。19節の「あなたがたの従順」と同じく、「キリストに仕える従順」に通じます。

このような心をもって、誰よりも、何よりも、主イエスさまに従う、キリストに従うということです。みことばからわたしたちはこのようなことを示され、教えられます。

また、このことはわたしたちが主に結ばれ、キリストに結ばれているということです。

神さまは愛をもって、わたしたちのことを主に、キリストに結び付けてくださいます。

ですから、わたしたちも主に結ばれた、キリストに結ばれた者として、主にあっていつも喜んでいましょう(フィリピ4:4)。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-358(小羊をばほめたたえよ!)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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2019年6月30日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/08/170024/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/08/170024/#respond Mon, 08 Jul 2019 08:00:24 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2409  聖霊降臨節第4主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-17(聖なる主の美しさと)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙16:17~20    p.298

兄弟たち、あなたがたに勧めます。あなたがたの学んだ教えに反して、不和やつまずきをもたらす人々を警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。

こういう人々は、わたしたちの主であるキリストに仕えないで、自分の腹に仕えている。そして、うまい言葉やへつらいの言葉によって純朴な人々の心を欺いているのです。

あなたがたの従順は皆に知られています。だから、わたしはあなたがたのことを喜んでいます。なおその上、善にさとく、悪には疎くあることを望みます。

平和の源である神は間もなく、サタンをあなたがたの足の下で打ち砕かれるでしょう。わたしたちの主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-200(小さいひつじが)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年6月30日郡山教会主日礼拝説教

『主に従う』 小峰 擁

アントニー・デ・メロの『心の歌』という本の中に次のような詩があります。

「ひと粒の雨の音に

心をとどめてみよう。

そうすれば、

人類の歴史に及ぼす

自分の人生の意味が

わかるだろう。」

(アントニー・デ・メロ著『心の歌』)

雨の日が続きます。けさも激しい雨です。大きな被害が出ないか心配です。この雨音を聴きながら、わたしたちもしばし心静まり、自分の人生の意味を考えさせられます。

さて、わたしたちのローマの信徒への手紙はいままで使徒パウロ自らが拠(よ)って立つ主イエスさまの福音の信仰的立場が詳しく語られていました。いま16章に入って「…によろしく」といういくつもの挨拶から、急に思い出したように注意が告げられます。どうしてもローマ教会の人々にこれだけは告げておきたいと思ったからでしょう。経験豊かな牧会者の立場からの忠告、アドバイスです。17節以下がそれになります。

その要点は、当時の教会の内と外に広まり始めていた主イエスさまの教えに背く考え方に対して、いくつかの注意すべき点や対処法について思いっきり伝えてみたものです。

パウロのこの忠告、アドバイスはそんなに目新しいものではありませんでした。しかし、イエスさまを信ずる者にとっては、やはりとても大切なことが述べられています。

あなたがたはいままで学んできたように、これからも主イエスさまの教えの道をまっすぐ歩んでいってくださいというものです。あなたがたの従順な信仰こそほんとうに尊く価値あるものであり、これからも迷うことなく歩んでいってくださいというものです。

このことは今を生きるわたしたちにもいえることなのかもしれません。信仰の真理はそんなに難しいものではありません。神さまの真理は最も単純であるかもしれません。

わたしたちも、天の国をめざして、主イエスさまといういちばん大切な目標をめざして、迷うことなく、きのうも、きょうも、あしたも、イエスさまに依(よ)り頼んで、ゆっくりと歩みたいと思います(フィリピの信徒への手紙3:14、ヘブライ人への手紙11、12章参照)。

このことは、世界中、いつの時代にあっても、わたしたちにとって、とても大切な教えだと思います。主イエスさまの愛の戒めです。

聖書のヨハネの手紙一の表現でいえば、「キリストの愛にとどまれ」ということでしょう。「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。」(ヨハネの手紙一4:16)。この愛の中に生きましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-515(きみのたまものと)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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2019年6月23日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/144816/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/144816/#respond Wed, 03 Jul 2019 05:48:16 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2405  聖霊降臨節第3主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-57(ガリラヤの風かおる丘で)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙16:3~16    p.297

キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。

命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています。

また、彼らの家に集まる教会の人々にもよろしく伝えてください。わたしの愛するエパイネトによろしく。彼はアジア州でキリストに献げられた初穂です。

あなたがたのために非常に苦労したマリアによろしく。

わたしの同胞で、一緒に捕らわれの身となったことのある、アンドロニコとユニアスによろしく。この二人は使徒たちの中で目立っており、わたしより前にキリストを信じる者になりました。

主に結ばれている愛するアンプリアトによろしく。

わたしたちの協力者としてキリストに仕えているウルバノ、および、わたしの愛するスタキスによろしく。

真のキリスト信者アペレによろしく。アリストブロ家の人々によろしく。

わたしの同胞ヘロディオンによろしく。ナルキソ家の中で主を信じている人々によろしく。

主のために苦労して働いているトリファイナとトリフォサによろしく。主のために非常に苦労した愛するペルシスによろしく。

主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです。

アシンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、および彼らと一緒にいる兄弟たちによろしく。

フィロロゴとユリアに、ネレウスとその姉妹、またオリンパ、そして彼らと一緒にいる聖なる者たち一同によろしく。

あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。キリストのすべての教会があなたがたによろしくと言っています。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-390(主は教会の基となり)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年6月23日郡山教会主日礼拝説教

『キリストの教会』 小峰 擁

聖書の研究者や註解者たちによりますと、ローマの信徒への手紙は実質的に15章で終わっているかもしれないというのです。16章はいわば付録的部分であると考えられるというのです。15章の終わりの挨拶や祝祷のところなどを考えると、確かにこうした見方もうなずけるところがあるかもしれません。

しかし、ローマの信徒への手紙は聖書のみことばですから、主イエスさまの福音の大切なメッセージが込められています。もちろん16章もそうです。

ローマの信徒への手紙16章には、使徒パウロが労苦をも厭(いと)わず喜びをもって主の福音を伝える愛、息遣い、熱情があります。

そして、またここには、使徒パウロだけではなく、主イエスさまを信ずる多くの人々の顔や姿が見え隠れするように思えるのです。

主イエスさまを信ずる群れ、キリストの教会の顔や姿です。そして、その顔や姿はいまを生きるわたしたちの顔や姿にまで連なってくるといえましょう。

ですから、ローマの信徒への手紙16章をじっくりと読んでいますと、主にある人々、主を信ずる人々の顔や姿が想像されます。このように聖書によって、また主イエスさまを信ずる人々の群れ、主の教会、キリストの教会によって、わたしたちはさまざまな信仰の慰めや励ましを与えられます。心も熱くさせられます。

パウロはここでたくさんの名前をあげてローマの教会に宛(あ)てて、「よろしく」と書き送っています。ここには何と26名もの主にある人々の名前があがっています。

1、2節のケンクレアイのフェベだけではありません。3節以下にも主にある人々、主に結ばれた人々の多くの名前が記されています。

それらの人々を短くですが、良くその特質を捉えて一人ひとりの安否を尋ねています。

パウロと何らかの親交のあった人々であったかもしれません。ローマの教会だけでなく、エフェソの教会ゆかりの人々も見受けられます。パウロと何らかの接点のある信仰の友の名前です。ですから、その一人ひとりがとても大切な名前なのです。

それでは、なぜこの手紙の16章に注目するのかと申しますと、それはやはりわたしたちの信仰とも無関係ではありえないと思うからです。

わたしたちも信仰の友のあの人、この人の顔や姿がどうしても心に思い浮かびます。

主イエスさまを信ずる信仰によって結ばれた大切な友の名前です。ですから、わたしたちにとっても尊い一人ひとりの名前になります。

ここにも主イエスさまを信じる人々の群れ、主を信ずる教会、キリストの教会があります。わたしたちも主の教会、キリストの教会の一枝ひとえだです。

わたしたち一人ひとりが主に結ばれています。キリストに結ばれています。ここにキリストの教会の喜びと希望があります。わたしたちの大きな喜びと希望があります。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-394(信仰うけつぎ)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/144816/feed/ 0
2019年6月16日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/143625/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/143625/#respond Wed, 03 Jul 2019 05:36:25 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2396  聖霊降臨節第2主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-4(世にあるかぎりの)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙16:1~16    p.297

ケンクレアイの教会の奉仕者でもある、わたしたちの姉妹フェベを紹介します。

どうか、聖なる者たちにふさわしく、また、主に結ばれている者らしく彼女を迎え入れ、あなたがたの助けを必要とするなら、どんなことでも助けてあげてください。彼女は多くの人々の援助者、特にわたしの援助者です。

キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。

命がけでわたしの命を守ってくれたこの人たちに、わたしだけでなく、異邦人のすべての教会が感謝しています。

また、彼らの家に集まる教会の人々にもよろしく伝えてください。わたしの愛するエパイネトによろしく。彼はアジア州でキリストに献げられた初穂です。

あなたがたのために非常に苦労したマリアによろしく。

わたしの同胞で、一緒に捕らわれの身となったことのある、アンドロニコとユニアスによろしく。この二人は使徒たちの中で目立っており、わたしより前にキリストを信じる者になりました。

主に結ばれている愛するアンプリアトによろしく。

わたしたちの協力者としてキリストに仕えているウルバノ、および、わたしの愛するスタキスによろしく。

真のキリスト信者アペレによろしく。アリストブロ家の人々によろしく。

わたしの同胞ヘロディオンによろしく。ナルキソ家の中で主を信じている人々によろしく。

主のために苦労して働いているトリファイナとトリフォサによろしく。主のために非常に苦労した愛するペルシスによろしく。

主に結ばれている選ばれた者ルフォス、およびその母によろしく。彼女はわたしにとっても母なのです。

アシンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、および彼らと一緒にいる兄弟たちによろしく。

フィロロゴとユリアに、ネレウスとその姉妹、またオリンパ、そして彼らと一緒にいる聖なる者たち一同によろしく。

あなたがたも、聖なる口づけによって互いに挨拶を交わしなさい。キリストのすべての教会があなたがたによろしくと言っています。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-197(ああ主のひとみ)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年6月16日郡山教会主日礼拝説教

『主に結ばれて』 小峰 擁

昨年の6月23日、愛する天の神さまのみもとに召されました河内美和子姉のことを思いだします。

そして、多くの天にある兄弟姉妹たちのことを想い起こします。

そのお一人おひとりのお顔がなつかしく思い出されるのではないでしょうか。

天にある愛する兄弟姉妹たちは信仰の導き手である主イエスさまから愛されたことをわたしたちは忘れることができません。

その人たちは主を愛し従順に生き抜かれます。そのお一人おひとりは、聖書のヘブライ人への手紙11、12章にありますような「信仰によって」天の国をめざして歩み通されたのです。お一人おひとりが主イエス・キリストを信ずる信仰の証人でありました。

わたしたちも天にある兄弟姉妹たちの良い模範にならい、「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら」(ヘブライ12:3)、「すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか」(同12:1)と呼びかけられ、招かれているように思われます。

さて、わたしたちのローマの信徒への手紙16章には、「ケンクレアイの教会の奉仕者でもある、わたしたちの姉妹フェベ」という一人の女性の名前があがっています。ケンクレアイの執事フェベは早くから多くの同信の人々を保護した人であり、パウロ自身も保護してもらったというのです。教会の奉仕者、教会の執事とは、貧しい人をみとり、教会の慈善や財政などに心を用いる任務にあった人です。

パウロも、キリストの教会もいままでどれだけ彼女のような人々によって助けられ、その恵みをうけ、神さまに感謝したのか知れません。

ですから、今度はフェベをいまローマの教会の信徒の皆さんに紹介しますと、パウロはこの手紙を認(したた)めます。

どうか主にあって、同信の友、聖徒として彼女を受けいれてくださいというのです。

わたしたちのローマの信徒への手紙16章には、「主に結ばれて」、「キリストに結ばれて」という表現が繰り返されます。わたしたちはこの「主に結ばれて」、「キリストに結ばれて」という美しい表現に注目したいと思います。かつて「主にあって」「キリストにあって」と翻訳されていました。この「主に結ばれて」、「キリストに結ばれて」とは何と主キリストとわたしたちのことであります。神さまから遠いところにいたわたしたちです。このような者でしたが、いま「主に結ばれて」「キリストに結ばれて」生きるように招かれ、救われ、、生かされています。何という驚き、何という恵みでしょう。

(「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」(エフェソ5:8)。このようにすすめられています。)

神さまの恵みを数えながら、感謝しつつ、讃美しつつ、歩ませていただきましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-346(来たれ聖霊よ)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/143625/feed/ 0
2019年6月9日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/142024/ http://www.uccj-kc.jp/2019/07/03/142024/#respond Wed, 03 Jul 2019 05:20:24 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2393  聖霊降臨日(ペンテコステ)礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-132(涸れた谷間に野の鹿が)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ローマの信徒への手紙15:30~33   p.296~p.297

兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、

わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように、

こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように。

平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-343(聖霊よ、降りて)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年6月9日郡山教会主日礼拝説教

『御霊の愛によりて』 小峰 擁

星野富弘さんの詩画集にこのような文章がありました。「……『愛、深き淵より。』にも書きましたが、母は、わたしが入院し、人口呼吸器につながれ、高熱にうなされていた時、「わが身を切り刻んででも生きる力を富弘の体の中に送り込みたい」と思ったと回想しています。私は、それほどの愛に応える術(すべ)をもっておらず、何も言うことができませんでした。

神様がたった一度だけ  この腕を動かして下さるとしたら  母の肩をたたかせてもらおう  風に揺れるペんぺん草の  実を見ていたら  そんな日が本当に 来るような気がした。」(星野富弘著『いのちより大切なもの』いのちのことば社刊)。

こうした文章と詩でした。

富弘さんのお母さんのように母親の愛にはこのような激しさ、静かさがあるのでしょう。

神さまの愛、主イエスさまの愛、御霊の愛にはもっともっとくらべようのないほどの愛があり、わたしたちの思いを超えた愛の激しさがあるのではないでしょうか。

さて、聖書の中に、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける」(使徒言行録1:8)とあります。イエスさまのこのおことばのとおり弟子たちは聖霊に満たされたとき、ほんとうに力ある人になりました(使徒言行録2章)。

父なる神さまの霊であり、み子イエスさまの霊である聖霊は、弱いわたしたちのことを愛してくださいます。心配してくださり、慰め、力づけてくださいます。

ところで、きょうのローマの信徒への手紙15章も、このような、神さまの愛、主イエスさまの愛、御霊の愛に深く根ざしているのではないでしょうか。

使徒パウロも、このように神さま、主イエスから愛された者にふさわしく、その愛の心をもってローマのキリストを信ずる人々のことを愛し、慰め、力づけています。

ここで特に注目したいのは、この手紙の結びに、彼らにもぜひ私と一緒に苦労をわかちあってほしい、私のために熱心に祈ってほしいというようなことを書き送っています。

「兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、霊が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください」(ローマ15:30)と書き送ります。ここのところの後半は新改訳聖書では、「……私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください」(新改訳ローマ15:30)となっていました。そうです。使徒パウロもいま主イエスさまのゲッセマネの祈りのことを想い起こしているかのようです(マルコ14:34参照)。主イエスさまと同じように使徒パウロも私の苦闘に、私につながって、私のためにどうか神さまに祈ってくださいとお願いするのです。なぜかここのところがとても感動させられました。このような激しい思いが、愛が隠されているように思えたからです。パウロもそしてわたしたちもいま神さまの特別な力を必要としています。そこから神さまに熱心に祈り、願いましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-404(あまつましみず)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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