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日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 福島県郡山市にある、日本キリスト教団(日本基督教団)に属するプロテスタントの教会。主日礼拝は、毎週日曜日10時30分からです。どなたでもおいでください。教会にはあなたの席が用意されています。|United Church of Christ in Japan Koriyama Church Official Site. Sun, 19 Jan 2020 00:59:06 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.8.12 http://www.uccj-kc.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/cropped--32x32.jpg 日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 32 32 2020年1月12日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/19/095906/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/19/095906/#respond Sun, 19 Jan 2020 00:59:06 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2602  降誕節第3主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-278(暗き闇に星光り)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙 6:19~7:16    P306~307

知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。

そちらから書いてよこしたことについて言えば、男は女に触れない方がよい。

しかし、みだらな行いを避けるために、男はめいめい自分の妻を持ち、また、女はめいめい自分の夫を持ちなさい。

夫は妻に、その務めを果たし、同様に妻も夫にその務めを果たしなさい。

妻は自分の体を意のままにする権利を持たず、夫がそれを持っています。同じように、夫も自分の体を意のままにする権利を持たず、妻がそれを持っているのです。

互いに相手を拒んではいけません。ただ、納得しあったうえで、専ら祈りに時を過ごすためにしばらく別れ、また一緒になるというなら話は別です。あなたがたが自分を抑制する力がないのに乗じて、サタンが誘惑しないともかぎらないからです。

もっとも、わたしは、そうしても差し支えないと言うのであって、そうしなさい、と命じるつもりはありません。

わたしとしては、皆がわたしのように独りでいてほしい。しかし、人はそれぞれ神から賜物をいただいているのですから、人によって生き方が違います。

未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように独りでいるのがよいでしょう。

しかし、自分を抑制できなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚した方がましだからです。

更に、既婚者に命じます。妻は夫と別れてはいけない。こう命じるのは、わたしではなく、主です。

――既に別れてしまったのなら、再婚せずにいるか、夫のもとに帰りなさい。――また、夫は妻を離縁してはいけない。

その他の人たちに対しては、主ではなくわたしが言うのですが、ある信者に信者でない妻がいて、その妻が一緒に生活を続けたいと思っている場合、彼女を離縁してはいけない。

また、ある女に信者でない夫がいて、その夫が一緒に生活を続けたいと思っている場合、彼を離縁してはいけない。

なぜなら、信者でない夫は、信者である妻のゆえに聖なる者とされ、信者でない妻は、信者である夫のゆえに聖なる者とされているからです。そうでなければ、あなたがたの子供たちは汚れていることになりますが、実際には聖なる者です。

しかし、信者でない相手が離れていくなら、去るにまかせなさい。こうした場合に信者は、夫であろうと妻であろうと、結婚に縛られてはいません。平和な生活を送るようにと、神はあなたがたを召されたのです。

妻よ、あなたは夫を救えるかどうか、どうして分かるのか。夫よ、あなたは妻を救えるかどうか、どうして分かるのか。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-289(み神をたたえよ)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2020年1月12日郡山教会主日礼拝説教

『自分の体で神の栄光を現しなさい』小峰 擁 牧師

コリントの信徒への手紙 6:19~7:16

昨日の土曜日、会堂に入りますと、とてもよいかおりがします。それは講壇の花の「ろうばい」のかおりでした。「ろうばい」の花のかおりが会堂いっぱい満たしていました。

そのとき、「キリストのかおり、キリストの匂(にお)い」という言葉をふと思い出しました。イエスさまのかおり、イエスさまの匂いっていったいどのようなかおり、匂いだったのでしょうか。いろいろと想像してみました。きっととてもよいかおり、とてもよい匂いがしたのではないでしょうか。何かとても不思議でした。イエスさまがとても身近に感じられました。わたしたちも頭だけではなく、体いっぱいにイエスさまを感じ、従ってゆく道も大切なのではないでしょうか。

さて、コリントの信徒への手紙一7章は結婚などについて、具体的に記された箇所です。その内容に、やはりわたしたちもそれぞれに考えさせられます。

使徒パウロはここで「風紀の乱れたコリントで純潔を勧(すす)め」ています(前田護郎訳『新約聖書』訳註)。

神さまは心の平和を、和(なご)むことをお望みです。男女とも互いに尊敬しあい、互いに愛し合うことをお望みです。結婚することだけではなく、独(ひとり)りでいることも、尊重されます。与えられた境遇はひとりひとりみんなそれぞれに違うけれども神さまの前に純潔であることを大切にして生きてゆくことがイエスさまを信ずる道でありましょう。きっとパウロはこんなことを風紀も乱れがちな港町コリントの中で暮らす信徒たちになんとか伝えたかったのでしょう。

わたしたちにとっていちばん大切なのは、神さまが、主(しゅ)イエスさまがわたしたちに、わたしに、いったい何をお望みなのかということではないでしょうか。神さまが、主イエスさまがわたしたちに、わたしに、どのように生きてゆくことをお望みなのか、主のみこころとは何なのかということです。

使徒パウロはここでかなり苦慮(くりょ)しながらも祈りながら主のみこころ、み旨(むね)をたずね求めています。いっしょうけんめい祈って手紙の文章を書きすすめています。とても具体的な男女の関係、家庭生活、夫婦関係の領域にまで踏み込んで、いっしょに主のみこころをたずね求めています。共に悩みつつ、共に祈りつつ、それらのなかで神さまのみこころ、主のみ旨を求め、何とかその道をさし示そうとしています。

ここでわたしは次の聖書の箇所17節の文語訳ですけれども、「おのおの主の分(わか)ち賜ふ(たまう)ところ」が、結婚の問題についてもふさわしいように思われました。

すべての人と和み、平和に暮らしなさいと告げられているような、そんな主のみ声がここから聴(き)こえてくるのではないでしょうか。神さまのみ前に、わたしたちは祈りの心をもって、純粋な愛の心をもって主のみ声に静かに聴きましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-265(天なる神には)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2020/01/19/095906/feed/ 0
2020年1月5日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/14/134602/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/14/134602/#respond Tue, 14 Jan 2020 04:46:02 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2599  降誕節第2主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-248(エッサイの根より)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書による2:36~38   p.104

また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、

夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、

そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-279(ふるさとを離れて遠く)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2020年1月5日郡山教会主日礼拝説教

『イスラエルの救い 』  小峰 擁  ルカによる福音書による2:36~38

前田護郎訳『新約聖書』ではルカによる福音書2章21‐40節に「シメオンとアンナ」という見出しがついています。まことにその通りだと思います。

それはちょうど、「シメオンとアンナ」が形だけでなく、内容も、ブックレット、冊子のようにペア、一対になっているからです。

36節に「アンナという女預言者がいた」とあります。

シメオンもアンナも救い主イエスさまをほめたたえる真実な預言者でありましょう。

33節から38節をもう一度読ませていただきます。

シメオンは幼子イエスさまとマリア、ヨセフを祝福しています。

そしてこのようにマリアに預言しています(34、35節)。

イエスさまとの出会いには、つるぎで胸を刺しつらぬかれるようなこともあることを意味しているでしょう。それはのちに母マリアが十字架のもとでほんとうにそのような思いであったようにです。神さまの恵みは、つるぎで胸をさしつらぬかれるようなことも経(へ)て、わたしたちの心に深く伝わるようなところもあるということを教えているのではないでしょうか。神さまの恵みには確かにそのようなこともあるのです。

そしていまやここに女性の預言者アンナが登場いたします(36‐38節)。

この女性の生き方には、心ひそかに共感される方もおられるのではないでしょうか。

アンナは悲しみを担いながらも、たくさんの涙を流しながらも、生きぬいて、いっしょうけんめい神さまに仕えます。人生のほとんどをささげ歩んできたのです。この人の痛みや悲しみは神さまにしか、イエスさまにしか本当にはわかってもらえないでしょう。

ここの訳文の中にはおそらくシメオンと「同じように」「同様に」アンナも、というような意味合いが隠されています。シメオンもアンナも、救い主イエスさまにお会いできたという大きな喜びに生かされています。シメオンもアンナもふたりの預言者とも、神さまとイエスさまの霊である聖霊によって善(よ)く導かれ大きな恵みを得たのです。

「エルサレムのあがない」、「イスラエルの救い」は主イエスさまによって実現する、成就するのです。

アンナは「エルサレムのあがないを待ち望むすべて」、主を待ち望むすべての人に、幼子イエスさま、救い主イエスさまのことをあかししています。神さまからいただいた大きな喜びをもって語っています。

ここは聖書のなかでも「老シメオンと老アンナ」とも表現されるところです。しかし、老人であっても、ふたりとも驚くべきことに大きな喜びに生かされています。希望に満たされています。

わたしたちもこの新しい年を、神さまの愛、いつくしみの中を歩ませていただきましょう。イエスさまから大きな喜びと希望をいただいてともに歩ませていただきましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-280(馬槽のなかに)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2020/01/14/134602/feed/ 0
2019年10月13日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132602/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132602/#respond Thu, 09 Jan 2020 04:26:02 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2507  聖霊降臨節第19主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-6(つくりぬしを賛美します)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ヨハネによる福音書 14:1~6   P196

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」

トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-464(ほめたたえよう)

○ 説教

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-579(主を仰ぎ見れば)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132602/feed/ 0
2019年12月29日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132439/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132439/#respond Thu, 09 Jan 2020 04:24:39 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2592  降誕節第1主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-258(まきびとひつじを)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書 2:22~38   P102

さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。

それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。

また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。

そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。

そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。

シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。

シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり/この僕を安らかに去らせてくださいます。

わたしはこの目であなたの救いを見たからです。

これは万民のために整えてくださった救いで、

異邦人を照らす啓示の光、/あなたの民イスラエルの誉れです。」

父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。

シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。

――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」

また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、

夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、

そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-267(ああベツレヘムよ)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月22日郡山教会主日礼拝説教

『慰めと平安』小峰 擁 牧師 ルカによる福音書 2:22~38

ヨセフとマリアは幼いイエスさまを連れて神殿で神さまにおささげしたときのことです。この神殿の中でシメオンという老人に会います。シメオンは聖霊に導かれて、イエスさまにお会いしてイスラエルの救いの讃歌、シメオンの歌を歌うことになります。

このシメオンは深い信仰の人でイスラエルの救われる日をずっと待ち続け生きてきました。その生涯をかけて神さまの救いを待ち望み、毎日祈りながら過ごしてきました。

神さまはこのように暗い時代の中にあっても、神さまの民イスラエルのうちにシメオンやアンナのように心から主を待ち望む人を備えられます。

とうとうシメオンは神殿に来られた救い主(すくいぬし)、幼子(おさなご)イエスさまにお会いできたのです。

シメオンの歌はこうして高らかに歌われます(ルカ2:29‐32)。

もちろんここで大切なのは救い主イエスさまにお会いできたというシメオンの喜びです。シメオンがイエスさまにお会いできたのでもう死んでも良いのだということに力点があるのではないでしょう。今や、神さまの救いが、イスラエルの救いのみわざが、救い主イエスさまが来られることで成就するという喜びです。

神さまの約束がまさにイエスさまが与えられたことにおいて成就、実現したのです。

わたしたちもささやかながら、ずっと苦しみ、悩みながら祈ってきたことがわたしたちの思いを超えて実現したとき、わたしたちはほんとうに何といっていいかわからないほどの喜びが与えられるのではないでしょうか。欣喜雀躍(きんきじゃくやく)という言葉がふさわしいような大きな喜びです。

わたしはこの「シメオンの歌」を読むとき、なぜかいつも詩篇126篇のみことばを思い出します。「主がシオンの繁栄を回復されたとき、 われらは夢みる者のようであった。 その時われらの口は笑いで満たされ、 われらの舌(した)は喜びの声で満たされた。 ……主よ、どうか、ネゲブの川のように回復してください。 涙をもって種まく者は、 喜びの声をもって刈り取る。 種を携え、涙を流して出て行く者は、 束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」(口語訳 詩編26篇)。

詩篇126篇は涙を流して出て行く者に「繁栄」が回復される、喜び笑いながら帰ってくることが与えられるというのです。運命の転換です。とても慰め深いみことばです。

いまシメオンは救い主イエスさまにお会いできた喜びを力の限り、声高らかに神さまをほめたたえる歌を歌います。シメオンの讃歌を歌います。希望に生きる人シメオンがここにいます。救い主イエスさまにお会いできたのです。とうとう救い主イエスさまにたどり着けたのです。わたしたちの人生でも、これ以上の喜びはありません。救い主イエスさまこそ慰めです。喜びです。神さまがわたしたちに与えてくださったほんとうに大きな大きな喜びです。わたしたちの人生の喜びもここに、イエスさまの中にあります。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-265(天なる神には)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/132439/feed/ 0
2019年12月22日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/131214/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/131214/#respond Thu, 09 Jan 2020 04:12:14 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2588  クリスマス礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-263(あら野のはてに)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書 2:1~20    P102、103

そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。

これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。

人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。

ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。

身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。

ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、

初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。

すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。

天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。

あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。

そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。

その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。

聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。

しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。

羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-264(きよしこの夜)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月22日郡山教会主日礼拝説教

『喜びのおとずれ』小峰 擁 牧師 ルカによる福音書 2:1~20

そのころローマ皇帝アウグストゥスから全世界の人口調査をせよとの勅令が出されました。人口調査をするために、人々は皆自分の故郷に帰って登録をしなければなりませんでした。

ヨセフとマリアは自分たちの故郷のユダヤの国のベツレヘムへと帰ってゆきました。ベツレヘムはイスラエルのダビデ王ゆかりの街で「ダビデの町」と呼ばれていました。

わたしたちの救い主(すくいぬし)イエスさまは、このベツレヘムでお生まれになったのです。

皆が故郷の街に帰って来たものですから、どこの宿屋もいっぱいです。とうとうヨセフとマリアは馬小屋の中で赤ちゃんを産むことになりました。

このようにわたしたちの救い主イエスさまはユダヤのベツレヘムの貧しい馬小屋でお生まれになったのでした。

飼い葉桶(かいばおけ)に寝かされた救い主イエスさまは、ほんとうに弱く貧しい人の友だちになられるためにこの世に来てくださったのです。

わたしたちの救い主イエスさまはこの世でいちばん低い姿になられて、この世に来てくださったのです。

弱く貧しいわたしたちの救いのために……(フィリピ2:6‐8)。

天の父なる神さまはみ子イエスさまを弱く貧しいわたしたちの救いのために遣(つか)わしてくださったのです。

飼い葉桶の中の神さまのひとり子イエスさまの上に、天の父なる神さまの栄光の光がふりそそぎ、輝いています。

それは神さまの愛の光です。

神さまの愛、それはヨハネ福音書3章16節のみことばの中にあかしされています。「神はそのひとり子を賜(たま)わったほどに、この世を愛して下さった。

それは御子(みこ)を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3:16、口語訳)。

神さまのひとり子、わたしたちの救い主イエスさまはこの世で罪に思い悩み、悲しみ、苦しんでいる人々、弱く貧しい人々の救いのために、すなわちわたしたちの救いのためにこの世に来てくださったのです。

この神さまの愛をたたえて、天の父なる神さまのひとり子イエスさまのお誕生を喜んで、天使たちの大合唱がありました。

「いと高きところには栄光、神にあれ、

地には平和、御心(みこころ)に適(かな)う人にあれ」と(ルカ2:14)。

神さまのこの大きな喜びのおとずれをわたしたちも感謝し、み名をたたえましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-261(もろびとこぞりて)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/131214/feed/ 0
2019年12月15日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/131004/ http://www.uccj-kc.jp/2020/01/09/131004/#respond Thu, 09 Jan 2020 04:10:04 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2575  降誕前第2主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-229(いま来たりませ)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書 1:67~79   P102

「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、

我らのために救いの角を、/僕ダビデの家から起こされた。

昔から聖なる預言者たちの口を通して/語られたとおりに。

それは、我らの敵、/すべて我らを憎む者の手からの救い。

主は我らの先祖を憐れみ、/その聖なる契約を覚えていてくださる。

これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、

敵の手から救われ、/恐れなく主に仕える、

生涯、主の御前に清く正しく。

幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、

主の民に罪の赦しによる救いを/知らせるからである。

これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、

暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」

幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-242(主を待ち望むアドヴェント)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月15日郡山教会主日礼拝説教

『ザカリヤの歌』小峰 擁 牧師 ルカによる福音書 1:46~55

神さまはザカリアの家に希望の光を与えられます。ザカリアとエリザベトがどんなに年をとっていても子どもが与えられるという神さまの約束が与えられます。

その神さまのお約束のとおり、彼らにはバプテスマのヨハネといわれる子どもが与えられました。うまれて8日目になって名前をつけるとき、まわりの人は父親の名前にちなんで「ザカリア」とつけるものとばかり思っていました。けれども、母親のエリザベトは御使(みつかい)、天使のことばのとおり「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言うのです。言葉を出せなくなっていた父親のザカリアも「この子の名はヨハネ」と書き板に書いたのでした。するとたちどころに、ザカリアの口が開け、ザカリアは神さまをほめたたえだしました。この神さまをほめたたえる歌、讃歌が「ザカリヤ(ザカリア)の讃歌」です。このように神さまはわたしたちが神さまに従うとき、そのかたちはわかりませんが、わたしたちにも大きな恵みをくださいます。

ザカリアは黙らされていた口がほどけ、いま声高らかに神さまをほめたたえます。同じくエリサベトもその傍らでザカリアといっしょになって、神さまをほめたたえる歌を歌ったことでしょう。それは「マリアの讃歌」とともに互いに響き合ったことでしょう。

このように「ザカリヤの歌」は神さまが神さまの民イスラエルを救ってくださったように、その子孫をも救ってくださるとほめ歌を歌うのです。神さまはアブラハム、ダビデの頃よりずっと神さまが約束してくださったとおりに、いまこそイスラエルを救ってくださいますと歌います(67‐69節)。

「ザカリヤの讃歌」はラテン語の最初の語、「ベネデクトゥス(「ほむべきもの」との意)」という語から始まる讃歌です。「救いの角」(69節)とは詩編などにも歌われるように力を意味します(詩篇89:18等)。つまり「救いの角」とは救い主キリストのことです。70‐75節以下で「…主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる」というのです。たといわたしたちが神さまのことを忘れても、神さまは決してわたしたちのことを忘れず、いつも憶(おぼ)えていてくださるというのです。神さまはイスラエルの民との契約、誓いをお忘れになりません。76‐79節のところで特に思わされますのはザカリアは息子ヨハネのことを歌っているようでも、やはり救い主キリストを歌っているということです。バプテスマのヨハネのことはほんとうにひかえめに歌っています。この讃歌の中心は救い主キリストです。このことはわたしたちの祈りについてもいえるのではないでしょうか。祈りはわたしたちがいつも主語、主人公なのではありません。神さまが主語であり、主人公です。神さまのみこころ、みわざ、恵みをわたしたちは発見してゆくのです。そのいちばんおおきな恵みは主イエスさまです(ヨハネ3:16)。(主イエスさまはどんなときでもわたしたちのことを愛してくださいます。この年のクリスマス、わたしたちも救い主イエスさまをおたずねしましょう。)

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-53(神のみ言葉は)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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2019年12月8日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/12/19/124827/ http://www.uccj-kc.jp/2019/12/19/124827/#respond Thu, 19 Dec 2019 03:48:27 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2573  降誕前第3主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-175(わが心は)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書 1:46~55   P101

わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。

身分の低い、この主のはしためにも/目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も/わたしを幸いな者と言うでしょう、

力ある方が、/わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、

その憐れみは代々に限りなく、/主を畏れる者に及びます。

主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、

権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、

飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。

その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません、

わたしたちの先祖におっしゃったとおり、/アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-242(主を待ち望むアドヴェント)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月8日郡山教会主日礼拝説教

『マリアの讃歌』小峰 擁 牧師 ルカによる福音書 1:46~55

「マリヤ(マリア)の讃歌」はラテン語で「マグニフィカト」、「あがめる」という意味の語から始まります。神さまを讃(たた)える歌となっています。後につづく「ザカリヤ(ザカリア)の讃歌」とともにルカによる福音書1章における二つの讃歌として対(つい)をなしています。ルカによる福音書の叙述の仕方は最初ちょうど小冊子のように左右の対をなしながら一つの物語として展開します。エリサベト(エリサベツ)とマリアが交互に、さらにバプテスマのヨハネとイエスさまが交互に文章は進んでまいります。そしてしだいにわたしたちの救い主イエスさまのことに集中してまいります。

それから「マリヤの讃歌」も「ザカリヤの讃歌」も、旧約聖書からの引用がとても多いという特徴があります。わたしは、数年前天に帰られましたK.H.ワルケンホースト先生よりペシッタと呼ばれるシリア語聖書の「マリヤの讃歌」の部分を教えていただいたことがあります。あのときのことを懐かしく想い起します。あのときも感じさせられたことですが、「マリヤの讃歌」も、そして「ザカリヤの讃歌」も、ほとんどが彼らユダヤ人の聖書である旧約聖書からの引用で構成されています。新約を仰ぎ待ち望みます。

そうです。むかし神さまがイスラエルの民を救ってくださったように、いま再び神さまがイスラエルの民を顧み、新しい救いのみわざをなしてくださいます。聖書の神さまの驚くべきみわざを歌った歌をもって、いま、新しく彼らに臨んだ神さま救いの出来事を、神さまの驚くべきみわざをほめたたえます(詩編103:11,17,13,111:9他多数)。

自分を大きくするのではありません。神さまを大きくするのです。自分を小さく低くくし、神さまを大きく高くします。このように「マリヤの讃歌」の心は、詩篇113篇のみことばの心にいちばん近いのではないでしょうか。詩篇113篇は声高らかに歌います。

「 主をほめまつれ……主はもろもろの国の上にありて高く、その栄光(みさかえ)は天よりも高し われらの神主に比(たぐ)ふべき者はたれぞや、 寶座(みくら)を高處(たかき)にすゑ(え) 己(おのれ)を卑(ひく)くして天と地とをかへ(え)りみたまふ 貧しき者を塵(ちり)より挙(あ)げ 乏しき者を糞土(あくた)より挙げて、…共に坐(すわ)らせ、…共に坐らせたまは(わ)ん…」(文語訳、詩篇113篇)。

「マリヤの讃歌」は神さまを高く、大きくします。自分を低く、小さくします。

「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主(ぬし)である神をたたえます。……力ある方が、 わたしに偉大なことをなさいましたから。」(ルカ1:47‐49)と。

マリアの心の中には神さまがみ子イエスさまを与えてくださることへの深い感謝の心があります。神さまのみことばに聴き従った一人の処女(おとめ)のまっすぐな信仰、応答があります。「マリヤの讃歌」の中には、神さまが低くなってわたしたちのところへきてくださったことへの、低きへ降(くだ)りたもう神さまへの感謝と讃美があります。わたしたちもマリアのような心になって、みことばに深く静かに聴き従いましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-235(久しく待ちにし)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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2019年12月1日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/12/10/161906/ http://www.uccj-kc.jp/2019/12/10/161906/#respond Tue, 10 Dec 2019 07:19:06 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2557  降誕前第4主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-231(久しく待ちにし)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 ルカによる福音書による1:5~25   p.99-100

ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。

二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。

しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。

さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、

祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。

香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。

すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。

ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。

天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。

その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。

彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、

イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。

彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」

そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」

天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。

あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」

民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。

ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。

やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。

その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。

「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

  • ○ 祈祷

    ○ 讃美歌  21-242(主を待ち望むアドヴェント)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年12月1日郡山教会主日礼拝説教

『 待 降 』  小峰 擁  ルカによる福音書による1:5~25

待降(たいこう)のことばと出来事は一人の処女(おとめ)マリアに集中します。天使、御使(みつかい)ガブリエルがガリラヤの町ナザレに住んでいる一人の処女のもとに遣(つか)わされます。

神さまの恵みが一人の処女にいっきょに押し寄せるのです。

わたしたちはここできょうのみことばの27節に至ってはじめて「マリア」という名前がでてくることに注目したいのです。まことにまわりくどいような表現がでてきます。「ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに」という表現になっています。そして最後になってやっと「そのおとめの名はマリアといった」となります。

28節に御使のマリアへの御(み)告げが記されます。

「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(28節)。

御使が登場しますが根本的には「神さま」と「あなた」の関係になります。

その後の文章もそうです。

このように神さまとあなたの関係、つまり神さまとここではマリアの関係に集中します。これはほんとうに驚くべきことです。

「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたはみごもって男の子を産(う)むが、その子をイエスと名付けなさい」(30、31節)。

「恐れるな」と呼びかけられています。そして、ここではじめてイエスさまのお名前が告げられます。それにしても一人の処女にとってこのことはどれだけたいへんなことであったでしょうか。マリアの34節の返答もまことにもっともなことです。それに対する御使のことばはある意味でわたしたちの常識をはるかに超(こ)えるものです。わたしたちには想像もつきません。御使の言葉は彼女に重くのしかかったことでしょう。特に御使の最後の言葉はなんと重いことばであったことでしょう。

「神にできないことは何一つない」(37節)。

ところが、彼女はこの御使のことばの一つ一つを聞き逃しません。「神にできないことは何一つない」。このことばにマリアは自分の思いやためらいを捨てて、神さまのみことばにひたすら聴(き)き従おうとしています。

マリアはまっすぐな信仰の心で、これらの神さまの大きな試みのようなおことばに耐えています。神さまの恵みのみことばとして彼女は受けとめています。応じています。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」(38節)。

わたしたちもマリアのごとく、いつでも神さまのみことばをまっすぐに聴いて従ってゆくものとされたいと思います。まことに力の弱いわたしたちであります。けれども、そのようなものにさせられたいと日々に祈り、願いたいと思います。神さまの愛、憐れみを祈り求めます。神さまはこのような弱いわたしたちのことを愛してくださいます。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-451(くすしきみ恵み)

○ 聖餐式

○ 讃美歌 21-78(わが主よ、ここに)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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2019年11月24日主日礼拝  http://www.uccj-kc.jp/2019/12/10/161316/ http://www.uccj-kc.jp/2019/12/10/161316/#respond Tue, 10 Dec 2019 07:13:16 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2548  降誕前第5主日礼拝順序

○ 前奏

○ 招詞

○ 讃美歌 21-171(かみさまのあいは)

○ 日本基督教団信仰告白

○ 主の祈り

○ 聖書朗読 コリントの信徒への手紙一 6:12~20   P306

「わたしには、すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことが益になるわけではない。「わたしには、すべてのことが許されている。」しかし、わたしは何事にも支配されはしない。

食物は腹のため、腹は食物のためにあるが、神はそのいずれをも滅ぼされます。体はみだらな行いのためではなく、主のためにあり、主は体のためにおられるのです。

神は、主を復活させ、また、その力によってわたしたちをも復活させてくださいます。

あなたがたは、自分の体がキリストの体の一部だとは知らないのか。キリストの体の一部を娼婦の体の一部としてもよいのか。決してそうではない。

娼婦と交わる者はその女と一つの体となる、ということを知らないのですか。「二人は一体となる」と言われています。

しかし、主に結び付く者は主と一つの霊となるのです。

みだらな行いを避けなさい。人が犯す罪はすべて体の外にあります。しかし、みだらな行いをする者は、自分の体に対して罪を犯しているのです。

知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。

 

○ 祈祷

○ 讃美歌  21-522(キリストにはかえられません)

○ 説教

メッセージ(牧師説教要旨)

2019年11月24日郡山教会主日礼拝説教

『聖霊の宮』小峰 擁 牧師 コリントの信徒への手紙一 6:12~20

『こどもさんびか』の「しゅにしたがいゆくは」はわたしたちの心にとても残ります。

「主(しゅ)にしたがいゆくは いかによろこばしき 心の空 はれて 光はてるよ

(おりかえし)みあとをふみつつ 共にすすまん みあとをふみつつ うたいてすすまん……主にしたがいゆくは いかに心づよき おそれのかげ きえて 力はますよ (おりかえし)みあとをふみつつ 共にすすまん みあとをふみつつ うたいてすすまん」と歌ってゆきます(『こどもさんびか』1987年版53番「しゅにしたがいゆくは」より)。「こどもさんびか」のひとつの曲でありますが、なにかわたしたちの歩むべき、まっすぐな信仰の道を教えられるように思います。とてもありがたいことであります。

本日の聖書箇所を新共同訳聖書、口語訳聖書と何度か読んだのですが、どうもはっきりとしませんでした。ところがいちばん古い大正年間に改訳されたはずの文語訳のコリント前書6章を12‐14節、15‐17節、18‐20節とじっくりと読んでゆきますと、なぜか急にこのもやもやがとれてきたのです。心の中に聖書のみことばがまっすぐに入ってくるように思われました。こういうこともあるのですね。14節では主のよみがえりとわたしたちの復活の希望が語られます。15節ではわたしたちがイエスさまにつながっていて、つまり主に結ばれていて、なんとキリストのお体の一部、肢体(したい)、肢(えだ)であることが述べられるのでした。ですから、18節以下にありますようにわたしたちも「淫行(いんこう)を避(さ)けなさい」とすすめられます。実はこうしたことが一連の流れのようになってわたしたちの心に向かってここに語られているのでした。これらのことが不思議とわたしたちの心の中にすっと入ってきます。なにか心の空が晴れてきて、心が澄(す)むようです。

ところで、前田護郎訳『新約聖書』の第一コリント書6章12‐20節のところの小見出しも、「キリストの体の使命」となっていました。

ここに書かれていることは、明るいというか、新しい希望が湧(わ)いてまいります。

そうです。ここの「キリストの体の使命」とは、もはや重い荷物を背負ったような使命ではなく、明るく開放された伸びやかな使命のように思われました。

(それは心の中に自由があるからです。喜びがあるからです。そこには、もろもろの罪の重荷から解放された、ゆるされた人間の軽やかさ、自由と使命があるのです。福音の自由と使命があるのです。)

きょうのところに「聖霊の宮」(19節)とありました。第一コリント書の3章にも同じような内容で「神の宮」(3:16)とあります。

きょうのみことばからわたしたちはまったく新しい人生、信仰の視点を与えられます。

わたしたちの身体も、心も、実に「神の宮」、「聖霊の宮」なのです。ですから、神さまの愛と慈(いつく)しみ、恵みによって、わたしたちも歩ませていただきましょう。

○ 祈祷

○ 讃美歌 21-459(飼い主わが主よ)

○ 献金

○ 献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

○ 頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

○ 祝祷

○ 後奏

○ 報告

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皆様への御案内「クリスマスのお知らせ」 http://www.uccj-kc.jp/2019/12/07/141429/ http://www.uccj-kc.jp/2019/12/07/141429/#respond Sat, 07 Dec 2019 05:14:29 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=2563 2019年のクリスマスのお知らせです。

 

○ キャンドルサービス オススメ

12月24日(火)19:00~ 

ろうそくの明かりの中で、クリスマスの礼拝を行います。

綺麗で厳かな雰囲気でとてもステキです。御家族、友人、カップル、もちろんお一人でもOKです。

お仕事帰りにどうぞ。

 

○ クリスマス礼拝

12月22日(日)10:30~

イエス様のお誕生をお祝いする礼拝です。

一緒にお祝いしてみませんか。

 

○ クリスマス祝会

12月22日(日)13:00~

クリスマスをお祝いする会です。

 

 

教会がはじめての方でも大丈夫です。一切強制はしませんので、御安心ください。

駐車場もありますので、皆さんお越しくださいね。

 

 

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