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日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 福島県郡山市にある、日本キリスト教団(日本基督教団)に属するプロテスタントの教会。主日礼拝は、毎週日曜日10時30分からです。どなたでもおいでください。教会にはあなたの席が用意されています。|United Church of Christ in Japan Koriyama Church Official Site. Tue, 09 Jan 2018 06:00:25 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.8.5 http://www.uccj-kc.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/cropped--32x32.jpg 日本キリスト教団(日本基督教団)郡山教会公式サイト http://www.uccj-kc.jp 32 32 2017年11月19日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/150025/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/150025/#respond Tue, 09 Jan 2018 06:00:25 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1807  降誕前第6主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-11(感謝にみちて)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

幼児祝福式

讃美歌 21-484(主われを愛す)

聖書朗読 使徒言行録28章11~16節 新約聖書P.270

 

  • 11:三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。
    12:わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、
    13:ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。
    14:わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。
    15:ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。
    16:わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。

 

祈祷

讃美歌 21-412(昔主イェスの)

説教

使徒言行録を読み進めていますと、ふと「むくいをのぞまで」の讃美歌の歌詞を思い出します。「むくいをのぞまで ひとにあたえよ、こは主のかしこき みむねならずや。 水の上(え)に落ちて、 ながれしたねも、 いずこのきしにか 生(お)いたつものを。……」(讃美歌536番、讃美歌21-566)と歌われます。この讃美歌を歌っていますと、しみじみとわたしたちの人生の日々のことどもを振り返らされます。わたしたちはすべて順調なとき、いいときもありますが、ときに思わぬ失敗もいたします。しかし、そのようなことをも含めて、主はかしこきみむねをもって、いつもわたしたちのことを大きな愛をもって導いていてくださいます。まさに「水の上(え)に落ちて、ながれしたねも、いずこのきしにか 生(お)いたつものを」です。まことに感謝であります。

さて、使徒言行録28章の中で、パウロたちは、嵐の中、大海をさまよい、マルタ島という地中海に浮かぶ小島に漂着します。なんとか無事に全員の命が助かります。とても大変なことであったでしょう。しかし、このこともとても大変なことでしたが、わたしたちはなんといっても、神さまへの回心のことを想い起こしますとき、神さまの大きな愛のみわざ、神さまのみ手の中にあったことを思うのです。パウロも「主のかしこきみむね」にいつも驚いていたことでしょう。このたびのローマ行きの旅もそうです。パウロも、人の思いを超えた「主のかしこきみむね」にさぞかし驚いていたことでしょう。

きょうの聖書の使徒言行録28章11節以下ですが、パウロたち一行は三か月の後、この島で冬を越してアレクサンドリアの船で出帆することになります。11節に「ディオスクロイ」の船印とありますが、「ゼウスの双児カストルとポリュクスで航海の守護神、その像が船のへさきに飾られた」のだそうです(前田護郎訳『新約聖書』訳注)。この船に乗って、シチリア島のシラクサ、イタリアのレギオン、プテオリなどを寄港しながら順調にローマへと近づいてまいります。特にプテオリでは、「そこで兄弟たちを見つけた」(14節)とあります。なんと主イエスさまを信ずる人々の群れがすでにここにも与えられていたのです。パウロはさぞかし彼らに出会って神さまの大きな恵みに感謝し、勇気を与えられたことでしょうか。共に神さまを礼拝して喜び、共に感謝の祈りをささげたことでしょうか。パウロはローマに入ると、番兵つきでひとり住むことが許されたとあります(16節)。しかし、確かに破格の良い扱いであり、ある程度の自由は与えられていたけれども、やはり囚人としての不自由さもたくさんあったことと思われます。

こうしてパウロたちは「ローマに着いた」のです。ローマからは友が迎えに来ました。

けれども、ここでもやはりパウロが主人公ではありません。聖書はいつも、神さま、イエスさま、聖霊が主人公です。ここにありますのは、神さまを信ずる人、イエスさまを信ずる人との出会い、人と人との出会いの瞬間です。「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」(詩編133:1)の瞬間です。わたしたちも、人生の一瞬一瞬を、神さまから与えられた大きな恵みの一瞬一瞬として大切にしてゆきましょう。

祈祷

讃美歌 21-425(こすずめも、くじらも)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

11月26日 降誕前第5主日礼拝 説教 「ローマでの宣教」 小峰 擁牧師

聖書朗読 使徒言行録28章17~31節(新約聖書P.270~271)

 

讃美歌 讃美歌21-51, 21-140,  21ー463,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 11月23日  休会  夕礼拝・聖書研究 11月23日  休会   礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/150025/feed/ 0
2017年11月12日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/143729/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/143729/#respond Tue, 09 Jan 2018 05:37:29 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1803  降誕前第7主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-51(愛するイェスよ)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録28章1~10節 新約聖書P.269~270

 

  • 1:わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。
    2:島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。
    3:パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。
    4:住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」
    5:ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。
    6:体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。
    7:さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。
    8:ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。
    9:このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。
    10:それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。

祈祷

讃美歌 21-386(人は畑をよく耕し)

説教

島崎光正の「からたちの青いちいさな刺」という文章があります。それによりますと、「……私は、或る朝遅刻をした。分教場の庭まで、ゴム靴をぱくぱくといわせやってきた時に、とつぜん用務員さんの振る始業を告げる鈴の音が聞え、にわかに心臓は高鳴り、私は大慌てに慌て校舎に駆け込もうとしたのだった。……しかし、その時、がらりと青桐の向こうの職員室の窓が開き、大和(おおわ)先生がまだ庭でばたばたとやっている自分を見やりながら、「光正!そんなに慌てなくてもよい、慌てなくてもよい。ゆっくり来なさい」と声をかけてくれた。この一言が、自分をひどく安心させ、落着いて教室に入ることが出来た―。……私の後半生は遅く歩むことを強いられながら、同時にそれでよいのだという安心のさずかったのも大和先生の言葉と無縁ではない。」(島崎光正著『からたちのちいさな刺』所収)。

わたしたちの人生の歩みの中でも、ときに何か思わぬ出来事が起こるとわたしたちはつい大慌てに慌ててしまいます。しかし、それらの中でも神さまの愛のみわざは静かになされていきます。

さて、パウロたちの船は大きな嵐の中、何日も海をさすらいましたが、やっとマルタ島に漂着することが出来ました。きょうの使徒言行録の御言葉はマルタ島での出来事が記されています。2節の「島の住民」とは、もともとギリシャ語「バルバロイ」という語です。「バルバロイ」とは「外国語を話す人の意。マルタはカルタゴの勢力下にあり、フェニキア語、ギリシャ語その他が並用されていた」(前田護郎訳『新約聖書』訳注)そうです。島の住民たちは漂着したパウロたち一行を「なみなみならぬ歓待をしてくれた」(前田訳・使徒28:2)のです。この語は英語の「博愛」を意味する語の語源にもなっています。

3節の焚火によって暖をとるとき薪の中から出て来た「蝮(まむし)」とは、毒蛇や蝮の類のことで、これがパウロの手にかみつきます。4、5節の「生き物」とは毒蛇などの生きものを意味する語でなぜか違う語で書かれています。蝮に似るへびであったのでしょうか。あるいはパウロに同行していたルカが医者であったことを考え併せると、ここで何らかの治療がなされたのかもしれません。この蝮にかまれたのに無事だった出来事をきっかけに、「島の住民」のパウロに対する見方もすっかり変わってしまいました(4~6節)。

7節以下は「島の長官でプブリウスという人」との出会いとその父親の病気の癒しや島のほかの病人のいやしの出来事が記されます。パウロはこのようにして、主イエスさまの福音の種をここでも蒔いていますが、その収穫に関しては何も記されていません。しかし、こうして福音の種がここでも蒔かれたことは確かです。わたしたちのしていることもこれと同じようなことであるのかもしれません。わたしたちも、歌うたいつつ、涙を流しつつ、収穫の主に信頼して、祈りながら福音の種を蒔き続けたいと思います。

祈祷

讃美歌 21-411(うたがい迷いの)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

11月19日 降誕前第6主日礼拝 説教 「ローマへ」 小峰 擁牧師

聖書朗読 使徒言行録28章11~16節(新約聖書P.270)

 

讃美歌 讃美歌21-11, 21-484,21-412,  21ー425,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 11月16日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 11月16日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/143729/feed/ 0
2017年11月5日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/141603/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/141603/#respond Tue, 09 Jan 2018 05:16:03 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1798  降誕前第8主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-16(われらの主こそは)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録27章13~44節 新約聖書P.268~269

 

  • 3:ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。
    14:しかし、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろして来た。
    15:船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。
    16:やがて、カウダという小島の陰に来たので、やっとのことで小舟をしっかりと引き寄せることができた。
    17:小舟を船に引き上げてから、船体には綱を巻きつけ、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて海錨を降ろし、流されるにまかせた。
    18:しかし、ひどい暴風に悩まされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、
    19:三日目には自分たちの手で船具を投げ捨ててしまった。
    20:幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。
    21:人々は長い間、食事をとっていなかった。そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。
    22:しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。
    23:わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、
    24:こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』
    25:ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。
    26:わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」
    27:十四日目の夜になったとき、わたしたちはアドリア海を漂流していた。真夜中ごろ船員たちは、どこかの陸地に近づいているように感じた。
    28:そこで、水の深さを測ってみると、二十オルギィアあることが分かった。もう少し進んでまた測ってみると、十五オルギィアであった。
    29:船が暗礁に乗り上げることを恐れて、船員たちは船尾から錨を四つ投げ込み、夜の明けるのを待ちわびた。
    30:ところが、船員たちは船から逃げ出そうとし、船首から錨を降ろす振りをして小舟を海に降ろしたので、
    31:パウロは百人隊長と兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない」と言った。
    32:そこで、兵士たちは綱を断ち切って、小舟を流れるにまかせた。
    33:使徒言行録/ 27章 33節
    夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。
    34:だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」
    35:こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。
    36:そこで、一同も元気づいて食事をした。
    37:船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。
    38:十分に食べてから、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。
    39:朝になって、どこの陸地であるか分からなかったが、砂浜のある入り江を見つけたので、できることなら、そこへ船を乗り入れようということになった。
    40:そこで、錨を切り離して海に捨て、同時に舵の綱を解き、風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。
  • 41:ところが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだした。
    42:兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったが、
    43:百人隊長はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた。そして、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、
    44:残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令した。このようにして、全員が無事に上陸した。

    祈祷

 讃美歌 21-120(主はわがかいぬし)

説教

 

祈祷

讃美歌 21-407(この世のすべては)

 

聖餐式

讃美歌 21-81(主の食卓を囲み)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

11月12日 降誕前第7主日礼拝 説教 「マルタ島にて」 小峰 擁牧師

聖書朗読 使徒言行録28章1~10節(新約聖書P.269~270)

 

讃美歌 讃美歌21-51, 21-386,21-411,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 11月9日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 11月9日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/141603/feed/ 0
2017年10月29日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/134317/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/134317/#respond Tue, 09 Jan 2018 04:43:17 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1794  降誕前第9主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-56(主よ、いのちのパンをさき)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録27章1~12節 新約聖書P.267~268

  • 1:わたしたちがイタリアへ向かって船出することに決まったとき、パウロと他の数名の囚人は、皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスという者に引き渡された。
    2:わたしたちは、アジア州沿岸の各地に寄港することになっている、アドラミティオン港の船に乗って出港した。テサロニケ出身のマケドニア人アリスタルコも一緒であった。
    3:翌日シドンに着いたが、ユリウスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許してくれた。
    4:そこから船出したが、向かい風のためキプロス島の陰を航行し、
    5:キリキア州とパンフィリア州の沖を過ぎて、リキア州のミラに着いた。
    6:ここで百人隊長は、イタリアに行くアレクサンドリアの船を見つけて、わたしたちをそれに乗り込ませた。
    7:幾日もの間、船足ははかどらず、ようやくクニドス港に近づいた。ところが、風に行く手を阻まれたので、サルモネ岬を回ってクレタ島の陰を航行し、
    8:ようやく島の岸に沿って進み、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれる所に着いた。
    9:かなりの時がたって、既に断食日も過ぎていたので、航海はもう危険であった。それで、パウロは人々に忠告した。
    10:「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります。」
    11:しかし、百人隊長は、パウロの言ったことよりも、船長や船主の方を信用した。
    12:この港は冬を越すのに適していなかった。それで、大多数の者の意見により、ここから船出し、できるならばクレタ島で南西と北西に面しているフェニクス港に行き、そこで冬を過ごすことになった。

祈祷

讃美歌 21-214(わが魂のひかり)

説教

10月31日は宗教改革記念日です。本年は1517年10月31日、マルチン・ルターの九五個条から始まった宗教改革より五百年目の年になります。

宗教改革者マルチン・ルターの『卓上語録』に、「世界の救者」という詩があります。「此処にひとり神の永遠の子横はり給(たも)ふ 真の人間なるも、微塵だも罪なし。彼は失はれしわれらのために生まれ給(たま)へり、 選まれし一人の処女(おとめ)より。 彼は世界の救者にして慰安なり、 罪よりわれらを釈(と)き放ち給(たも)ふ。 彼の言を信じて受け入れ、 彼に従ふ者は此めぐみを受くべし。」(ルッター文庫第一篇『卓上語録』 佐藤繁彦訳、1929年、ルッター研究会発行)。

宗教改革者マルチン・ルターは「神の永遠の子」であるイエス・キリストという一点を凝視した信仰者、思想家ということができるでしょう。宗教改革の三大原理があります。「信仰のみ」、「恵みのみ」、「聖書のみ」という三つの「のみ」と表現されます。宗教改革者マルチン・ルターは、聖書のみが証しする父なる神さま、御子イエス・キリストへの信仰と、恵みというこの一点に立ってひたすらに生きようとします。わたしたちも、今をどのように生き、どのように信じるのかを真剣に問うとき、宗教改革者マルチン・ルターからほんとうに多くのことを教えられるのではないでしょうか。

さて、わたしたちは、使徒言行録の27章に入りました。神さまは人の思いを超えて神さまのみ救いを、神さまの愛のみこころを成就なさいます。

パウロはいよいよローマに向けて船出しようとしています。ローマ皇帝に上訴する未決囚としてローマへ護送されることになります。このようなことはパウロ自身も思いもしなかったことでありましょう。パウロはいまひとりの囚人としてローマへと向かうのです。他の数人の囚人たちとともに、ユリウスという皇帝直属部隊の百人隊長(近衛隊の百卒長)に護衛されてローマ送りとなります。「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(使徒23:11)との主の御言葉は人の思いを超えていまこのようなかたちで成就、実現してゆきます。

ところで、もう航海に適した断食日の頃も過ぎていました。パウロは長い旅の経験もあり、人々に警告をします。しかし、百人隊長は船長や船主の方を信用して船出してしまいます。この後、パウロたちには嵐、漂流、難船の運命が待ち受けることになります。ここに「できるならば」とあります(12節)。ここには「何とかして、無理は承知なのだけれども」というようなニュアンスもあるのではないでしょうか。わたしたちも、しばしばこのような気持ちになるときがあります。さまざまな危険が予想されても無視をして、性急にいっぺんに事柄を解決してしまいたいという誘惑に負けてつい無理をしてしまいます。パウロの警告はこうしたわたしたちへの警告でもあるのではないでしょうか。そのようなときこそ、わたしたちは先ず愛なる神さまに信頼し、忍耐強く祈って、心を落ち着かせていただきましょう。神さまはわたしたちを憐れみ守ってくださいます。

祈祷

讃美歌 21-394(信仰うけつぎ)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

11月5日 降誕前第8主日礼拝 説教 「恐れるな」 小峰 擁牧師

聖書朗読 使徒言行録27章13~44節(新約聖書P.268~269)

 

讃美歌 讃美歌21-56, 21-214,21-394,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 11月2日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 11月5日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/134317/feed/ 0
2017年10月22日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/132503/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/132503/#respond Tue, 09 Jan 2018 04:25:03 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1782  聖霊降臨節第21主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-6(つくりぬしを賛美します)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 ガラテヤの信徒への手紙4章1~7節 新約聖書P.347

  • 1:つまり、こういうことです。相続人は、未成年である間は、全財産の所有者であっても僕と何ら変わるところがなく、
    2:父親が定めた期日までは後見人や管理人の監督の下にいます。
    3:同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。
    4:しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。
    5:それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。
    6:あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。
    7:ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。
祈祷

讃美歌 21-353(父・子・聖霊の)

2017年10月22日郡山教会主日礼拝説教  大住雄一先生(東京神学大学学長) 「神の相続人」

ガラテヤの信徒への手紙4:1−7

大住雄一

「神の相続人」と言うのですが、神には死ぬことがあって、その財産が相続されるとか、家督を譲って、隠退したりということが、あるのでしょうか。神の相続人とは、どういう意味なのでしょう。

そもそも「旧約聖書」、「新約聖書」という場合の「約」というのは、普通の「約束」とか「契約」ではなく、「遺言」ということなのです。神の遺言とか相続というのは、どういうことでしょうか。

二つの意味が考えられます。第一に、遺言とか相続というのは、残す側ともらう側が共に取り決めをするような契約ではありません。残す側が、一方的に決めるものです。もらう側は、自分に不利なものだけはもらわないとすることはできません。全部、借金も受け取るか、全部、財産も受け取らないか、どちらかです。神の遺言とか相続というものは、誰に何を受け継がせるか、すべて神が決めます。私たちは、ただ、恵みとして頂くだけです。

第二の意味は、遺言とか相続は、持っているものすべてを、残す所なく与えるということです。しかも、与えられるものは、報酬ではなく、恵みです。報酬ならば、一生あくせく働いて、その結果に応じて、「ご苦労様」と言われて受け取るものです。もらえるかどうか、最後まで分りません。これに対して恵みとは、もらえると思わなかったものが、思いがけずもらえるものです。私たちの働きに関わりなく、ただで頂けるのです。

もちろん、神の財産には、借金はありません。神がお持ちの良いものを全て残す所なく下さいます。終わりの時に借金のない財産を、全て余す所なく下さることは、神の御独り子イエス・キリストが、私たちの贖いとなって、十字架についてくださったという、その愛の確かさによって、わかります。

私たちが神の子であるというのは、はじめからそのように定められています。ただ、一人前になるまでは、律法の監視のもとに置かれています。この縛られた状態から、どのように解放されるのでしょうか。ただイエス・キリストによって。律法は、イエス・キリストの恵みなしには、私たちは義とされないことを教え、私たちをイエス・キリストのもとに導くための監視役です。

私たちが神の子であるのは、本来の神の子であるイエス・キリストと共に、神を「父」と呼ばせて頂くことができるからです。神を「アッバ、父よ」とお呼びすることができるのは、始めから当然そうだというわけではありません。「アッバ」とは、赤子が甘えて、「パッパッ」とか「お父ちゃん」と呼ぶ言葉です。神を素直に「お父ちゃん」と呼ぶ霊を与えられてます。だからと言って、神に対して馴れ馴れしくしていてよいと意味ではありません。

昔、主の祈りは、聖餐に与る人だけに許されていて、主の祈りを祈る時には、「我ら畏れをもって、汝を父と呼びまつる」と唱えたそうです。神を父と呼ぶことは許されています。しかしそれは、本来神を父とお呼びになる主イエスが、共にいてくださって、主の御臨在のもとに初めて(畏れをもって)父よとお呼びするのです。

祈祷

讃美歌 21-401(しもべらよ、み声をきけ)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

10月29日 聖霊降誕前第9主日礼拝 説教 「パウロ、ローマへ向かう」 小峰 擁牧師

聖書朗読 使徒言行録27章1~12節(新約聖書P.267~268)

 

讃美歌 讃美歌21-56, 21-214,21-394,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 10月24日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 10月24日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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2017年10月15日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/131958/ http://www.uccj-kc.jp/2018/01/09/131958/#respond Tue, 09 Jan 2018 04:19:58 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1777  聖霊降臨節第20主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-58(み言葉をください)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録26章19~32節 新約聖書P.266~267

 19:「アグリッパ王よ、こういう次第で、私は天から示されたことに背かず、

  • 20:ダマスコにいる人々を初めとして、エルサレムの人々とユダヤ全土の人々、そして異邦人に対して、悔い改めて神に立ち帰り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと伝えました。
    21:そのためにユダヤ人たちは、神殿の境内にいた私を捕らえて殺そうとしたのです。
    22:ところで、私は神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、小さな者にも大きな者にも証しをしてきましたが、預言者たちやモーセが必ず起こると語ったこと以外には、何一つ述べていません。
    23:つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。」
    24:パウロがこう弁明していると、フェストゥスは大声で言った。「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ。」
    25:パウロは言った。「フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。真実で理にかなったことを話しているのです。
    26:王はこれらのことについてよくご存じですので、はっきりと申し上げます。このことは、どこかの片隅で起こったのではありません。ですから、一つとしてご存じないものはないと、確信しております。
    27:アグリッパ王よ、預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います。」
    28:アグリッパはパウロに言った。「短い時間でわたしを説き伏せて、キリスト信者にしてしまうつもりか。」
    29:パウロは言った。「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、今日この話を聞いてくださるすべての方が、私のようになってくださることを神に祈ります。このように鎖につながれることは別ですが。」
    30:そこで、王が立ち上がり、総督もベルニケや陪席の者も立ち上がった。
     31:彼らは退場してから、「あの男は、死刑や投獄に当たるようなことは何もしていない」と話し合った。
    32:アグリッパ王はフェストゥスに、「あの男は皇帝に上訴さえしていなければ、釈放してもらえただろうに」と言った。
祈祷

讃美歌 21-120(主はわがかいぬし)

2017年10月15日郡山教会主日礼拝説教  小峰  擁牧師 「神への立ち帰り」

昨日、今年5月天に召されましたワルケンホースト先生の記念会に行かせていただきました。ワルケンホースト先生は熱心なドイツのルター派の信仰のご家庭に成長され、

戦後はルター派からカトリックの神父になられました。ユダヤ人を迫害したドイツ人であることに信仰的な責任を感じられ、あがないの生活をしたかったからなのだそうです。東京・四谷の上智大学構内のSJハウスの聖堂で先生の追悼ミサが行われました。わたしたちは追悼ミサの模様を後ろの方から祈りながら見ていました。参加者の多くはワルケンホースト先生の聖書語学でありますヘブライ語・ギリシャ語・アラム語・シリア語等のいくつもの勉強会の教え子たちであったようです。記念式の後の懇談の中で、特に印象深くお聴きしたのは、ある方のワルケンホースト先生の思い出でした。その方は以前、ワルケンホースト先生に「神父さん、何で日本に来るようになったんですか?ずいぶんと大変だったんじゃないですか?」と率直に質問したそうです。すると、先生は即座に「自分の選びではなく、神の選びであるならば、どんなことでも耐えられます」と答えられたそうです。「自分の選びではなく、神さまの選びならばどんなことでも耐えられるのだ…」というワルケンホースト先生のこの言葉の意味について驚かされ、深く考えさせられました。これまでの人生の歩みを想い起こしますとき、ともするといつも自分の弱さに負けてしまうようなことが多かったかもしれません。しかし、神さまの選びということにはほんとうに深い意味があるということを改めて考えさせられました。

さて、わたしたちは使徒言行録26章まで来ました。この中に記されていますパウロの姿、特にパウロの心の中を思いますとき、深く考えさせられるのではないでしょうか。

使徒言行録26章9節以下は、サウロ、後のパウロの回心について語られています。パウロは自分の力で変わったのではありません。神さまの力によって変えられました。ですから、回心後のパウロは今までの歩みとは正反対の歩みです。主のみ言葉を何とかして同胞のユダヤ人たちだけでなく、ユダヤ人でない異邦人たちにも伝えたいと、異邦人の使徒としての生涯を歩みます。主イエスさまの十字架と復活の福音を宣べ伝えます。

きょうの使徒言行録26章19節以下ですが、ここでパウロはアグリッパ王たちを前に、パウロの回心を通して堂々と主イエスさまを証言、弁明します。そのありさまが記されています。これらの使徒言行録の叙述はパウロが無罪であるという主張だけではありません。それらを通じて、パウロのローマ行きの願い、祈りが人の思いを超えて、神さまの御心、御旨として、神さまの救いのご計画として実現、成就してゆく姿を描きます。

わたしたちの人生においても、このようであるかもしれません。神さまのみわざは測りがたく、人の思いを超えて成就してゆきます。すべては神さまの深い愛の御心によります。旧約聖書のみことばに「黙るに時があり、語るに時がある」とあります。わたしたちも神さまの憐みに助けられ、愛する人に、家族に、隣人に、その人がほんとうに必要なときに十字架と復活のイエスさまを心をこめ、愛をもってお伝えしたいと思います。

祈祷

讃美歌 21-451(くすしきみ恵み)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

10月22日 聖霊降臨節第21主日礼拝 説教(特別伝道礼拝) 「神の相続人」 東京神学大学学長 大住雄一先生

聖書朗読 ガラテヤの信徒への手紙4章1~7節(新約聖書P.347)

 

讃美歌 讃美歌21-6, 21-353,21-401,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 10月19日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 10月19日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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皆様への御案内 「2017年 クリスマスのお知らせ」 http://www.uccj-kc.jp/2017/12/17/121015/ http://www.uccj-kc.jp/2017/12/17/121015/#respond Sun, 17 Dec 2017 03:10:15 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1788 2017年のクリスマスのお知らせです。

 

○ キャンドルサービス オススメ

12月23日(土)18:00~ 

ろうそくの明かりの中で、クリスマスの礼拝を行います。

綺麗で厳かな雰囲気でとてもステキです。御家族、友人、カップルで来て下さいね。

 

○ クリスマス礼拝

12月24日(日)10:30~

イエス様のお誕生をお祝いする礼拝です。

一緒にお祝いしてみませんか。

 

○ クリスマス祝会

12月24日(日)13:00~

クリスマスをお祝いする会です。

フルートコンサート、チャペルハーモニー、劇・・・・

 

教会がはじめての方でも大丈夫です。一切強制はしませんので、御安心ください。

駐車場もありますので、皆さんお越しくださいね。

 

 

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2017年10月8日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2017/10/08/130012/ http://www.uccj-kc.jp/2017/10/08/130012/#respond Sun, 08 Oct 2017 04:00:12 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1722  聖霊降臨節第19主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-7(ほめたたえよ、力強き主を)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 イザヤ書43章1~7節 旧約聖書P.1130

 1:ヤコブよ、あなたを創造された主は/イスラエルよ、あなたを造られた主は/今、こう言われる。恐れるな、わたしはあなたを  贖う。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。
  • 2:水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。大河の中を通っても、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、焼かれず/炎はあなたに燃えつかない。
    3:わたしは主、あなたの神/イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。わたしはエジプトをあなたの身代金とし/クシュとセバをあなたの代償とする。
    4:わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し/あなたの身代わりとして人を与え/国々をあなたの魂の代わりとする。
    5:恐れるな、わたしはあなたと共にいる。わたしは東からあなたの子孫を連れ帰り/西からあなたを集める。
    6:北に向かっては、行かせよ、と/南に向かっては、引き止めるな、と言う。わたしの息子たちを遠くから/娘たちを地の果てから連れ帰れ、と言う。
    7:彼らは皆、わたしの名によって呼ばれる者。わたしの栄光のために創造し/形づくり、完成した者。
祈祷

讃美歌 21-17(聖なる主の美しさと)

2017年10月8日郡山教会主日礼拝説教  村越ちはる神学生 「主なる神に愛される」

2010年に受洗したとき、郡山教会から「私の目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」イザヤ43:4の聖句が刻まれた壁掛けを頂いた。その御言葉は確かに力強く励まされるものであったが、自分や親しい人達が苦しい状態にあるとき、納得のいかない言葉でもあった。神さまは「高価で尊い、愛している」と言ってくださるにも関わらず、この世にはどうしてこのような苦しみがあるのか、という疑問が起こったからである。この問いは恐らくこれからもずっと探求し続けていくだろう。それでも聖書は私たち聞く者に語り掛ける。「恐れるな」「強くあれ」と、恐れや弱さに支配される私たちに、主は語られる。

旧約聖書の預言者は「神さまの言葉を、人々や王様などに伝える」人であった。イザヤ書43章は今から約2500年前に書かれたものと考えられるが、当時のイスラエルの周辺では、それまで力を持っていたバビロニア帝国が滅亡してペルシア帝国が力を持ち始めるという、世界に大きな変化が起こった時代であった。それ以前にイスラエルはバビロニア帝国に滅ぼされ、多くの人がバビロンに捕囚された。イスラエルに残されたのは女性や子供たち、高齢者、そして荒らされた町や畑だけであった。国のシステムは崩壊し、深刻な飢饉が起こり「地獄のような状況」に陥ってしまう。イスラエルの民はそもそも神さまに選ばれた特別な民であったが、何度も神さまに背き、目先のご利益を求めて他の神々や偶像を拝んでしまった。それは神さまの目に悪とされ、その罪の結果として、裁きとしてイスラエルはバビロニアに滅ぼされたのだとイザヤは指摘する。しかし憐み深い神さまはイスラエルが滅ぼし尽くされるまで放ってはおかず、預言者イザヤを通して語り掛ける。

「地獄のような状況」それは私たちに無関係なものではない。イスラエルの民と同じように、信仰者であっても私たちの歩みには罪が絡みつく。しかしイザヤを遣わした神は、私たちのためにキリストを世に送って下さった方である。キリストの十字架は私たちの罪のためであった。主の鍛錬は決して軽くない。私たちの主なる神さまは、苦しみのなかにあって働いてくださり、困難な状況においてさえ共に居てくださる。私たちは御前に謙遜に歩む道を聖書を通して示される。主なる神が愛してくださるということ、それはどのような状況にあっても、主が共に居て必ず助け出してくださるという信仰が与えられることだと思うのである。

 

祈祷

讃美歌 21-402(いともとうとき)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

10月15日 聖霊降臨節第20主日礼拝 説教 「神への立ち帰り」 小峰 擁 牧師

聖書朗読 使徒言行録26章19~32節(新約聖書P.266~267)

 

讃美歌 讃美歌21-58, 21-120,21-451,  です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 10月12日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 10月12日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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2017年10月1日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2017/10/01/130040/ http://www.uccj-kc.jp/2017/10/01/130040/#respond Sun, 01 Oct 2017 04:00:40 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1712  聖霊降臨節第18主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-57(ガリラヤの風かおる丘で)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録26章1~18節 新約聖書P.265~266

  • 1:アグリッパはパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言った。そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。
    2:「アグリッパ王よ、私がユダヤ人たちに訴えられていることすべてについて、今日、王の前で弁明させていただけるのは幸いであると思います。
    3:王は、ユダヤ人の慣習も論争点もみなよくご存じだからです。それで、どうか忍耐をもって、私の申すことを聞いてくださるように、お願いいたします。
    4:さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。
    5:彼らは以前から私を知っているのです。だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。
    6:今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。
    7:私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。
    8:神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じ難いとお考えになるのでしょうか。
    9:実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。
    10:そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。
    11:また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒涜するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。」
    12:「こうして、私は祭司長たちから権限を委任されて、ダマスコへ向かったのですが、
    13:その途中、真昼のことです。王よ、私は天からの光を見たのです。それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。
    14:私たちが皆地に倒れたとき、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う』と、私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。
    15:私が、『主よ、あなたはどなたですか』と申しますと、主は言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
    16:起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。
  • 17:わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。
    18:それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」
  • 祈祷
  • 讃美歌  21-208(主なる神よ、夜は去りぬ)

2017年10月1日郡山教会主日礼拝説教  小峰 擁牧師 「パウロの証し」

最近、昔の曲ですが、あるグループの歌を聴いていて、とても感動させられました。「MLK/マーティン・ルーサー・キング牧師に捧ぐ」という題の英語の歌です。その訳詩は、次のようなものです。「眠れ、今夜は眠りなさい あなたの夢がきっと現実のものとなりますように 雷雲が雨を降らせるなら 雨よ降れ降れ わたしの上に降り注げすべてあるがままに すべてなすがままに……」(u2 MLK/マーティン・ルーサー・キング牧師に捧ぐ―対訳 中川五郎)。志なかばで凶弾にたおれたキング牧師を追悼する歌であることを思うとき、わたしたちもまた深く考えさせられます。

わたしたちの使徒言行録の使徒たち、その中のひとりであるパウロの姿、思いともなぜか重なるようにも思えてなりません。主の道を彼らはまっすぐに進んで行きました。

使徒言行録26章も、ある意味で使徒パウロのいのちがけの伝道であり、いのちがけで宣(の)べ伝えたイエス・キリストの福音です。証しです。

ここ26章でも、パウロ自身の口を通して、十字架と復活の主イエス・キリストへの回心の出来事について触れられています(使徒言行録9章、同22章も参照)。22章では、騒ぎ立っている群衆を前にして弁明しています。ここ26章ではアグリッパ王やベルニケたちを前にして、パウロは力強く弁明、証しします。

しかし、イエス・キリストを証言するのはパウロだけではありません。使徒ペトロはじめ、たくさんのキリストの証人たちがいます。ひとりひとりがそれぞれその人らしさをもって、その生涯をかけて力いっぱいに信仰を証しするのです。

わたしたちも、主を証しするとはいったいどのようなことなのだろうかと考えさせられます。ほんとうに「口で言うは易く、行うは難(かた)し」です。

わたしも自分の今までの歩みを思い出しますとき、神さまのみ前に恥ずかしく思います。「あのとき自分はキリストを主とすること、イエスさまを証しすることができたのだろうか」と反省させられます。いつも自分の弱さに負けないようにしたいものです。

しかし、こんな弱い自分をも愛してくださっている神さまの愛、主の愛に慰められつつ、励まされつつ、こんな自分であっても主の道を何とか歩み直したいと思わされます。

あのとき横柄(おうへい)な態度をとるアグリッパ王を前にしてパウロは堂々と主を証ししました。パウロの弁明、証しの中心はいつも主イエス・キリストの復活でした(6~8節)。弁明、証しの中心はここにあります。十字架と復活の主イエス・キリストです。この点がはっきりとしているかどうかがほんとうに大切な点でありましょう。この点がはっきりとしていれば、どんなに言葉は拙(つたな)くとも大丈夫です。りっぱに主の弁明、キリストを証しすることになります。主の愛によってそうしていただけます。

わたしたちも、いつでも自分らしく、主を弁明し、証しする人にならせていただきましょう。愛する家族に、隣人に、自分らしくイエスさまをお伝えする人になりましょう。

 

祈祷

讃美歌 21-405(すべての人に)

聖餐式

讃美歌 21-81(主の食卓を囲み)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

10月8日 聖霊降臨節第19主日礼拝 説教 「主なる神に愛される」 村越ちはる 神学生

聖書朗読 イザヤ書43章1~7節(旧約聖書P.1130)

讃美歌 讃美歌21-7, 21-17,21-519 です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 10月5日 10:30~   夕礼拝・聖書研究 休会    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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http://www.uccj-kc.jp/2017/10/01/130040/feed/ 0
2017年9月24日 主日礼拝 http://www.uccj-kc.jp/2017/09/24/125906/ http://www.uccj-kc.jp/2017/09/24/125906/#respond Sun, 24 Sep 2017 03:59:06 +0000 http://www.uccj-kc.jp/?p=1704  聖霊降臨節第17主日礼拝順序

前奏

招詞

讃美歌  21-62(天にいますわたしたちの父)

日本基督教団信仰告白

主の祈り

聖書朗読 使徒言行録25章13~27節 新約聖書P.264~265

  13:数日たって、アグリッパ王とベルニケが、フェストゥスに敬意を表するためにカイサリアに来た。
  • 4:彼らが幾日もそこに滞在していたので、フェストゥスはパウロの件を王に持ち出して言った。「ここに、フェリクスが囚人として残していった男がいます。
    15:わたしがエルサレムに行ったときに、祭司長たちやユダヤ人の長老たちがこの男を訴え出て、有罪の判決を下すように要求したのです。
    16:わたしは彼らに答えました。『被告が告発されたことについて、原告の面前で弁明する機会も与えられず、引き渡されるのはローマ人の慣習ではない』と。
    17:それで、彼らが連れ立って当地へ来ましたから、わたしはすぐにその翌日、裁判の席に着き、その男を出廷させるように命令しました。
    18:告発者たちは立ち上がりましたが、彼について、わたしが予想していたような罪状は何一つ指摘できませんでした。
    19:パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、死んでしまったイエスとかいう者のことです。このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。
    20:わたしは、これらのことの調査の方法が分からなかったので、『エルサレムへ行き、そこでこれらの件に関して裁判を受けたくはないか』と言いました。
    21:しかしパウロは、皇帝陛下の判決を受けるときまで、ここにとどめておいてほしいと願い出ましたので、皇帝のもとに護送するまで、彼をとどめておくように命令しました。」
    22:そこで、アグリッパがフェストゥスに、「わたしも、その男の言うことを聞いてみたいと思います」と言うと、フェストゥスは、「明日、お聞きになれます」と言った。
    23:翌日、アグリッパとベルニケが盛装して到着し、千人隊長たちや町のおもだった人々と共に謁見室に入ると、フェストゥスの命令でパウロが引き出された。
    24:そこで、フェストゥスは言った。「アグリッパ王、ならびに列席の諸君、この男を御覧なさい。ユダヤ人がこぞってもう生かしておくべきではないと叫び、エルサレムでもこの地でもわたしに訴え出ているのは、この男のことです。
    25:しかし、彼が死罪に相当するようなことは何もしていないということが、わたしには分かりました。ところが、この者自身が皇帝陛下に上訴したので、護送することに決定しました。
    26:しかし、この者について確実なことは、何も陛下に書き送ることができません。そこで、諸君の前に、特にアグリッパ王、貴下の前に彼を引き出しました。よく取り調べてから、何か書き送るようにしたいのです。
    27:囚人を護送するのに、その罪状を示さないのは理に合わないと、わたしには思われるからです。」
     祈祷

讃美歌 21-326(地よ、声たかく)

2017年9月24日郡山教会主日礼拝説教  小峰 擁牧師 「主イエスの復活」

「主にまかせよ」という讃美歌を思い出します。「主にまかせよ ながみを 主はよろこび たすけまさん しのびて はるをまて ゆきはとけて はなはさかん あらしにも やみにも ただまかせよ ながみを」(讃美歌291番1節)と歌います。

パウロもまことにその通りではなかったでしょうか。パウロは未決囚としてカイサリアの獄中に幽閉されたままです。パウロにとってほんとうにつらい二年間であったと思います。無意味とも思われるような日々であったかもしれません。しかし、神さまのみことばは人の思いを超えて成就してゆきます。何とか耐え抜いた二年間のあとに、ある日突然、ローマの総督が替わる出来事がやってきました。ここから新しい局面が始まりました。念願のローマ行きが思いもしないかたちで実現することになるのです。

使徒言行録25章以下はそれらのいきさつが記されています。パウロはローマ総督が公正な裁判をしないのであれば、ローマの市民権をもっていたため、カエサルに上訴するより他に道がなかったと申せましょう。パウロはカエサルに上訴したため、再び牢獄に幽閉されることになりました。そんななかでの出来事です。新総督フェストゥスへの表敬訪問のためにカイサリアを訪れたアグリッパ王とベルニケの前でパウロは再び弁明の機会が与えられることになります。前総督でありました「フェリクスのユダヤ人の妻ドルシラ」(使徒言行録24:24)も、「アグリッパとベルニケ」も、彼らはヘロデ・アグリッパ一世の子どもです。彼らヘロデ家の人物それぞれに醜聞が絶えませんでした。

使徒言行録25章13節以下は、アグリッパとベルニケの新総督フェストゥスへの表敬訪問が記されます。そしてここにアグリッパ王の宗教的関心事についても記されています。アグリッパ王はパウロに興味を示し、その人の言い分を聞いてみたいと言い出したのです(22節)。やはりアグリッパ王もユダヤ人でしたから、そうした関心も当然であったかもしれません。しかし、どこまで主イエスさまの十字架の死と復活の福音に関心をもっていたかは不明です。わたしたちは、ここから何を教えられるのでしょうか。それは、わたしたちが「神さまによって、主イエスさまによって救われたいという一心」ということではないでしょうか。

「点滴は不断の行為によって岩を穿(うが)つ」という言葉があるそうです(コィリロス)。「毎日少しづつ」ということです。雨だれも「毎日少しづつ」続ければ硬い岩をも穿ち穴をもあけるようになるということでしょう。わたしたちの側の心の準備があるのかもしれません。わたしたちの「毎日少しづつ」は神さまへの祈りであるでしょう。

しかし、神さまはそうしたわたしたちの「毎日少しづつ」の閉じられた扉を開いてくださいます。わたしたちの力ではなく、神さまの力がはたらいて、神さまの力によって開いてくださいます。「主にまかせよ ながみを…ただまかせよ ながみを」(讃美歌291番)であります。すべての思い煩いを主におゆだねして祈り続けたいと思います。

祈祷

讃美歌 21-402(いともとうとき)

献金

献金感謝 讃美歌21-65-1(今そなえる)

頌栄 讃美歌21-27(父・子・聖霊の)

祝祷

後奏

報告

次回礼拝予告

10月1日 聖霊降臨節第18主日礼拝 説教 「パウロの証し」 小峰 擁 牧師

聖書朗読 使徒言行録25章13~27節(新約聖書P.264~265)

 

讃美歌 讃美歌21-57, 21-208,21-405, 21-81 です。

今週の集会

祈祷会・聖書研究 9月28日  10:30~  夕礼拝・聖書研究 9月28日  19:30~    礼拝・集会はどなたでもご参加いただけます。クリスチャンでない方も、教会が初めての方も、どうぞ、おいでください。教会にはあなたの席が用意されています。聖書や讃美歌集は教会に用意がありますので、どうぞご利用ください。 受洗・転会を希望される方は、牧師までお申し出ください。また、壮年会、婦人会、白百合会への入会も、希望される方はお申し出ください。

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