10月30日  降誕前第8主日礼拝
聖 書  マタイによる福音書13:53-14:21
説 教  「五餅二魚」 小峰 擁 牧師
讃美歌    7 197 459
 
説教要旨
先週日曜日の礼拝に歌いました「二ひきのさかなと 五つのパンを」は、わらべうたのようにわたしたちの心をイエスさまの方に向けてくれるように思います。
「にひきの さかなと いつつの パンを、 イェスさま しゅくして わけました」(『讃美歌21』198番1節)
わたしたちは食事の前に、イエスさまの恵みを覚えて祈ってからいただくようにしています。
また、夜にきょうの一日の歩みを終えて休みますときも同じように、イエスさまの恵みを覚えて祈ってから休みます。そうすると、何だかぐっすりと眠れるように思われます。
それはとても短い祈りかもしれません。けれども、わたしたちに与えられた一日一日をイエスさまの恵みによって歩めますことはありがたいことだな、感謝だなと思わされます。
さて、きょうのみことばを読みますとき、二つの食卓のありさまの違いに驚かされます。
一つは、とても豪華かもしれませんが、人間の悪い心や罪を思わされる暗く悲しい食卓です(マタイによる福音書14:1-12)。
もう一つの食卓は、一見貧しい食卓のように見えるかもしれませんが、イエスさまがわたしたちとともにいてくださり、五つのパンと二匹の魚を祝福してくださって、みんなに分かち与えてくださる食卓です(同上13-21節)。
この二つの食卓の違いは、わたしたちにもきっとよくわかるように思います。
イエスさまがわたしたちとともにいてくださるところに、わたしたちのいこいと安らぎがあります。神さまの恵みとして与えられた恵みの食卓があります。
「……そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった」(同上19-21節)。
わたしも、むかし食事のときにみんなで歌ったさんびかのことを思い出します。
「ひびのかてを あたえたもう めぐみのみかみは ほむべきかな アーメン」と祈り、歌ってみんなで楽しく食事をいただきました。ほんとうに楽しく、うれしいひとときです。
わたしたちの歩みには、うれしいときも、そして悲しいときもあります。けれども、日々の糧(かて)を与えてくださり、愛といつくしみと恵みをもって導き、養ってくださる神さまに、主(しゅ)なるイエスさまに心から感謝し、祈りたいと思います。
「どんなことでも、思い煩(わずら)うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超(こ)える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」(フィリピの信徒への手紙4:6,7)。
みことばはわたしたちの心に語りかけます。感謝し、祈りましょう。

日本基督教団郡山教会
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